エッセイコーナー
187.一粒百業  2016年5月2日

一粒百業とは、読んで字の如く一粒の米(コメ)を作るのに百の作業が必要だということである。
その百の業の一つ、今年は色々と用事が立て込んでしまった為にかなり出遅れてしまったが、田起こしを今日無事に終わらすことができた。
辺りを見渡せば殆どが荒かきや代かき作業を進めており、殆どの水田に水がしっかりと張られ、田植えを待つばかりの状態となっている。
内心、焦るばかりだが、そこはグッとこらえて平静を装い、何事もなかったかのように平然と作業を進めている。いや、そのように努めたいと願っている。
勿論、内なる心境は云うまでもない……。

以前、本か新聞の記事かなんかで読んだ記憶がある。
秋の収穫期を迎え、稲穂が熟す瞬間に何がしかの音を発する。との言い伝えがあるとのことだ。吼(ほ)えると云う表現だったかもしれない。
ネット上を彷徨っていると、良寛の逸話に触れることができた。
その良寛禅師奇話の中に、「稲ノ吼ユルヲ聞カントテ、終夜、田間ニ彷徨セラレシト」という一文がある。
稲の吼える声が聞きたくてひと晩中、田圃の中を彷徨い歩いたというのだ。
残念ながら私も聞いたことはないが、種籾をいたわり、育苗を大事に、丁寧に、稲穂を慈しみ、もっともっと愛情を注ぐことによって、ひょっとしたら本当に稲穂の吼える声が聞こえてくるのかもしれない。
秋の収穫期には、是非とも一晩中田圃の中を彷徨い歩いてみたいものだ。


フォト短歌「焦り」  

いわい天然乾燥米「元氣」


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