エッセイコーナー
28.力尽きる前に   2010年12月18日 

地元の広報を眺めていたら、「精神保健福祉とシンポジューム・自殺のない地域めざして~」というタイトルが目に止まった。
その内容によると、一関市の自殺者の数(平成21年)が50人と全国平均を大きく上回り、男性が40~60歳の働き盛り、女性は60~80歳代が多いとの事だった。
男女比の割合でみると、7対3の割合で圧倒的に男性が多いのだそうだ。
日本全体では警察庁の調べによると1998年以降通年ベースでみて、13年連続で3万人を突破する公算が高いとの発表だ。

日本のあちらこちらで、少なくとも毎日80数名の尊い命が自らの意思によって奪われていることになる。そのうち男性が岩手県同様60人近くを占めている計算になる。
金銭関係のトラブル、人間関係や家族関係の縺れ、将来に対する悲観や不安、病気を苦に、などなど様々な理由がそこにはあるのだろう。特に40代50代の男性の場合でいえば、家族を支える大黒柱としての責任が重く圧し掛かっている。
言わば家庭の生活を支える上で、使命感として確立される重圧に耐えきれずに及んだ行為なのか、或いはまた将来への不安により悲観しての行為なのかではないかと、同じ年代である私にとっても、共感による推測を深めるばかりだ。

浅田次郎氏原作の壬生義士伝では、南部藩を脱藩した浪士が新撰組の隊士となり、斬り合いの末に京都の土となったストーリーだが、当時貧しかった家族を思い、悩んで悩んで悩みぬいた挙句の末の脱藩であり、今でいう「出稼ぎ者」となって家族を支えた辛く切ない男の物語である。
その物語のあらすじが、世を儚む40代50代の男性らとだぶって見えてくるのである。

それらの自殺者を未然に防ごうと、国や地方自治体、或いは民間団体などでも色んな活動をやっているようだ。
例えば、各地方自治体に窓口を設け、弁護士や司法書士らによる法律相談もその一つである。
ただ、ここで問題なのは広報や新聞でのタイトルだ。
よく見かけるタイトルに「多重債務整理・消費者問題~相談」という、当事者でない者にとっては至極自然に聞こえてくる文言だが、これでは、当事者にとっては相談したいと思っていても、なかなか相談に行き辛いのではないだろうか。

もし、私が同じ様な立場だったとしたら、先ず「恥をかくよりも死んだ方がましだ」と、最初に行けない理由を探すなど、その事が脳裏を過るだろう。例え多重債務者になったとしても、他人には知られたくないと思うに違いないのだ。
そんな繊細な事も気にならない人間であるならば、3万分の1には決して入る筈もあるまい。
折角、行政サイドも本腰を入れて自殺者を減らそうとするのならば、その辺の繊細な気配りや親切心がもっともっと必要だといえるのではないだろうか。

ただ、行政のサポートや民間のボランティア活動による支援にも限界がある。自殺者を減らすことの大きなポイントは、何と言っても「生活に対する焦慮、将来に対する不安の解消に尽きる」と思えて仕方がない。
資本主義社会である以上、富める者が富む行為を否定すべきではない。ただ、富める者が多ければ多いほど、その一方で貧困に喘ぐ人達も多いということは否めない現実である。
問題は、その勝ち組に入れなかった人達を、社会がどうサポート出来るか、政治の目指そうとする方向にかかっているといっても過言ではないのではないだろうか。

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