エッセイコーナー
371.新元号の響き  2019年4月3日

一昨日、新元号の発表があった。
新元号「令和」の出典は万葉集の序文からきていると云われているとのこと。
短歌を愛する者としては大変誇らしく喜ばしいことだ。とは云え、私はもともと古典は苦手で、学生当時、古文の授業は殆ど夢の中での受講だった。

ただ、和歌にしろ短歌にしろ、詩情豊かなみそひと文字の調べや響きは、耳底に一定のリズムを刻み、韻律的な拘束をもたらす。特に万葉集には、千数百年もの時を経た今でも、我々日本人の心を惹きつけてやまない何かがある。
大自然への憧憬の思いや自然に対する畏敬の念、古人であろうと文明の進んだ今人あろうと、変わらぬ想いが固定観念となって我々日本人の心奥に植え付けられているのではないだろうか。

「古と今と それ何そ異ならむ」・・・ 『万葉集 梅花の歌三十二首并せて序』より

・春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影にうぐひす鳴くも     大伴家持『万葉集』巻一九
・石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも   大伴坂上郎女『万葉集』巻八
・あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る     柿本人麻呂歌集『万葉集』巻七
・春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山        持統天皇『万葉集』巻一
・あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり    小野老『万葉集』巻三

万葉集には4千5百首もの和歌が収められている。
皇族から平民まで幅広い階層による歌人の詠草には、部立(ぶだて)として雑歌、相聞歌、挽歌などに分かれている。
なかでも万葉集の基調とも云える自然をモチーフにした自然詠は、現代の歌壇に於いては過去に多く詠まれたとして評価が低い。しかしながら思うに、花鳥風月、雪月花、時の移ろい、その一瞬一瞬は二度とない、同じものは二つとないのである。その一瞬一瞬に美意識を見出し、前述した歌の「調べ」「響き」とともに、感動や妙を歌にすることに私は意味を感じてしかたがない。

「調べ」「響き」と云えば、
「令和」の呼び方について、JNN系列のアナウンサーはアクセントを平成と同じように語尾を下げずに呼ぶことに決定したとのことだ。
ただ、「明治↘」「大正→」「昭和↘」「平成→」ときているので、新元号は「令和↘」として語尾を下げる のが自然な流れのように思う。
まぁ、いづれにしてもアクセントはどうあれ、問題は書き方である。
決して冷たい時代にならぬよう、冫(にすい)だけは付けないように気をつけたい。


フォト短歌「和の国」  


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