エッセイコーナー
770.冬に強い者の一生の実働時間は?  2023年1月11日

寒さも厳しさを増す今日此の頃、図書館を彷徨いていると、エッセイ2000『歌のいろいろ』と云う日本文藝家協会編纂の面白そうな本が目に止まった。パラパラっと捲ると、その中に面白い寄稿文があった。
タイトルは「寒がり日記」今の時期にぴったりだ。作家の村田喜代子さんの一遍である。
村田喜代子さんの知人宅に招かれた時の様子が書かれている。

「この季節になると、私はある知人の女性の家に遊びに行った日のことを思い出す。その日のことは忘れられず、『寒い日』というタイトルで短編小説に書いたくらいだ。彼女は私がパートで働いていた職場の、陽気で面倒見の良い中年の事務員だった。いつも美容院から出てきたようなきれいな髪をして、マニキュアなどもつけている。
冬の一日、遊びにこいと誘われて、彼女の家なら暖かかろうと気軽に出かけた。ところ が厳冬の二月というのに、家に上がると部屋のストーブには火がついてはいなかった。電気炬燵もなまぬるい。「寒くないわね」と笑顔で言われて、 「ええ」 と思わずうなずいた手前、じっとがまんした。
彼女は掃除好き、清潔好きの主婦で、家の中はどこもピカピカだった。息が白く凍るような部屋のどこにも塵一つなく、炬燵の台に顔が映る。磨き込んだ家は人肌もなくよけい 寒さをつのらせた。 トイレに入ると窓は開け放して北極便所という感じ。美味しい寿司を取ろうかと言うが、私が頼んだのは一杯の即席のお茶漬けだった。そのときの丼の温かさは極楽だった。 ふと炬燵の脇を見ると、彼女の靴下も穿いてない白い素足が出ていた。
たぶん、冬に強い者は一生の実働時間を通算すると、相当得をするだろう。外の粉雪はまだやまない。私は今日出す予定の郵便物を目の前に、まだ腰が上がらない。」


この寄稿文を読んで真っ先に脳裏を掠めたのが私の母のことである。
傘寿の母は今でも寒さには滅法強い。
たとえ氷点下10度を下回る真冬であっても、服を脱いだ状態でお風呂にお湯を入れながら入っている。
脱衣所のストーブのスイッチを入れ、ある程度温めてから入るように促しているのだが、頑固な母は一向に聞く耳を持たない。

先日などはボイラーの故障(電源を入れ直すと復旧した)か、氷点下5・6度のなかをいつもの通りお風呂に入ったが冷たかったとのこと。帰ってきたらボイラーの様子を見るようにと、事務所に電話がかかってきた。
母が風邪などひいては大変だとばかりに早々に事務所を閉めて帰路に着いたのだった。

先日借りたDVDが、2015年制作のアドベンチャー・ドラマ『エベレスト』。
寒さに滅法強い登山者の物語だが、1996年、エベレストで実際に起きた大量遭難事故を映画化したものだ。
デスゾーンの寒さは想像を絶するに違いない。
寒さに弱い私にはとても考えられない。
前述の村田さんの寄稿文に「冬に強い者は一生の実働時間を通算すると、相当得をするだろう」と云う一文があるが、あまり強過ぎるのも考えもの。逆に実働時間を減らす可能性すらある。
何でもそうだが、やはりホドホドが一番いいのかもしれない・・・。


フォト短歌「ほんとの冬」  


≪return    Tweet   
 スポンサード リンク (Sponsored Link)
  注:当サイトは著作権を放棄しておりません。引用する場合はルールをしっかりと守るようご注意願います。