エッセイコーナー
24.思い出の一杯のラーメン   2010年7月10日  

人は皆、思わぬところで、一生を左右するであろう出来事や言葉に、人生の中で幾たびか遭遇しているものである。
大酒を飲んでは家人に愚痴をこぼし、時には暴力を振るうドメスティックバイオレンスや、多少のお金が入ったからといってギャンブルに手を出し、おけらになって肩を落として家路につく者。人、様ざまである。
そんな親の姿を見て、絶対そんな風にはなるまいと、不逞の親を反面教師とする者がいる反面、意思の弱さからか、親とそっくりに育つ子もいる。何れにせよ、子は親の背中を見て育つのである。

そんな中、父親の何気ない愛情や仕草によって、己の愚行を改め、世界のトップにまで登り詰めた一人の人物がいる。
彼の生家は非常に貧しく、食うや食わずのその日暮らしであったそうだ。
彼は、そんな貧しさを恨み、やがては周囲にその憂さをぶつけるようになった。そんな或る日、遂に警察沙汰となる事件を起こし、とうとう強制連行される羽目になったそうだ。
当然父兄である父親も呼ばれ、深々と陳謝し、解放された後。家路につく途中に、当然怒鳴られることを覚悟していたそうだが、父親は一言の文句も言わず、目線を落としながらただ黙々と歩を進めるばかりだったそうだ。  

するとそこに、ラーメン屋の暖簾が見えてきた。父親はその暖簾の前で突然立ち止り、「オイ、腹減ってないか」と尋ねてきたそうだ。
暖簾をくぐり、注文しようと財布の中を覗いてみたところ、僅かに60円しか入っていなかったという。
その当時、ラーメン一杯分の値段が60円であった。
父親は、そのなけなしの財布を叩いて、ラーメンを一杯のみ注文してくれた。
彼は貪るように、フーフーいいながら熱々のラーメンに武者振り付いたそうだ。

息子が箸を置いたのを確認すると、父親は丼の底に僅かに残っていたラーメンの汁に、コップに入っていた水を流し込んで、一気に飲み干したそうである。
その瞬間、彼は自分に誓ったという。
立派な人間になって、父親にラーメンをたらふく食べさせようと…。
その彼とは、本名「鈴木有二」。元WBC世界ライト級チャンピョン「ガッツ石松」その人である。

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