エッセイコーナー
54.尺超え岩魚   2013年4月2日



毎度のことだが、春休みを利用して帰省した息子が「おやじ、釣りっこさいくべ!」との誘いに、本人も決して嫌いではないので、未だ寒さの残る早春の渓谷に、しっかりと防寒対策を施した上で目的のポイントへと車を走らせた。
昨日は晴れ間も広がり、比較的暖かな釣り日和であった。

昨年、一昨年と原発事故によるセシュウム拡散により、たとえ釣れたにせよ安心して食卓に上げれなくなってしまった。それ以来、釣行にはあまり気が乗らず、釣りに出る回数はめっきりと減った。その為、久方ぶりの渓流釣りはやはり良いものである。
釣れようが釣れまいが、そんなことは問題ではない。深山幽谷の鬱蒼とした樹海をぬい、そこによこたう渓流のせせらぎのみが耳奥に清らかに入り込む。
時折吹く風は多少冷たさを感じるが、それ以上に、清々しさと、清新さが心の隙間を埋めてくれる。

結局私は竿を振らず撮影に終始することにしたが、それでも山や渓谷の澄み切った空気を目一杯堪能することができた。
釣果は、序盤中盤とも引きや当たりがこなかったようだ。
「どうする」と息子に尋ねると、「あともうちょっとやるべ」と何時もの返答が帰ってきた。勿論それは計算ずくであった。当たりや引きのこない様子を見ていて、次なるポイントをある程度念頭に入れていた。

「わかった、じゃポイントを変えッペが」ともう少し上流部へと車を移動することにした。
「じゃ、このポイントが最後だぞ」「うん、わかった」

雪が残る雑木林を、足元に細心の注意を払いながら最終ポイントへと下りていった。
1投目、2投目、3投目と、やはり引きもなさそうであった。
今日はボウズに終わりそうだ、と思いながら雪景の残る辺りを見渡し、フォトジェニックを探しながらあちらこちらを眺めていると、息子の動きが急に忙しくなったのを感じた。
何事かと思い、そのままカメラを向けると、8:2の先調子でしっかりとしたカーボンロッドが、今にも折れそうな勢いでしなっているではないか。
手に伝わる感触は相当なものだったに違いない。

慎重に岸に引き寄せ、水面を切り裂いて姿をみせた幽渓の岩魚は、優に一尺を超えていた。
釣り上げられ、くねくねと身体をくねらせたその魚体に、早春の眩しい光が照らされ、銀色にキラキラと輝いていた。
その後も同じポイントで2匹。計3匹の良型の岩魚が釣れた。
「欲はかくまい」と息子を促し、何時もの如く、山や川に感謝の意を込めて一礼をし、帰路についた。
事務所に着くと直ぐさまスケールを持ち出し、大きさを測ってみた。最初に釣り上げた岩魚は尺超えの34㎝、2匹目が31㎝、最後に釣り上げた岩魚は26㎝と、皆良型の岩魚を釣り上げた当人は実に満足気であった。

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