エッセイコーナー
41.サンタ・ルチアに癒されて 2012年4月6日

雪解けとともに、いよいよ新芽が萌芽する卯月となり、川辺には枝の張るネコヤナギの雄花の穂が一斉に咲き誇り、裏山の杉林の椎茸の原木には、コナラの堅い樹皮を突き破る初生りの椎茸が少しずつ顔を出し始める。
また畑の片隅や庭の一角にある梅の木や老木の桜には、蕾の色が緑色から濃赤に色づき始めるている。
いつもの春と何ら変わらぬ春の息吹が、ここ被災地岩手でもその足音が聞こえてくるようだ。

何時もなら小躍りして喜ぶ春の到来だが、今年、いや昨年からこの後数十年という長い長い年月、とてもじゃないが両手を上げて喜べる状況でない事はご周知のとおりだろう。
原発事故で拡散したセシュームなどの目に見えぬ恐怖が、心に、絶望感とともに、不安感や焦燥感、恐怖感ややるせなさが片時も脳裏から離れる事はないだろう。
まるで国民全体が喪に服したかのような静けさのもと、ネガティブで、躁と鬱の間にポツンと取り残され、取り囲まれたような、そんなような空間にフワフワと浮かんでいるかのような、そんな錯覚に捕らわれているようでもある。
そんな状況におかれた時、人は皆、何かに救いを求めたり癒されたいと願うものだ。
人によっては、一冊の本であったり、音楽であったり或いは異性であったりと人それぞれ様々だ。
私の場合は音楽が多いようだ。

最近嵌っている曲では、一青窈のハナミズキがそうだ。
勿論難しい歌なので一青窈ばりの音程ではとても歌えはしないが、先日とある番組で、低音の魅力をふんだんに余すところなく披露していた「つのだ☆ひろ」の歌声を聞き、鳥肌が立った。
それ以来、購入したCDを車の中で常に流しながら走行している。
また、中学の頃、音楽の授業で習った曲の一つに、伝統的なナポリ民謡「サンタ・ルチア」がある。当時、私はこの曲が気に入っていて、特にオペラ調に歌っては教室を沸かせ、どんな意味かは知る由もないが先生に褒められたものだった。勿論冗談交じりは半分程あっただろうけれども…。

ルチアはラテン語で光を意味する。英語読みではルーシー。
そのルーシーは実在の人物の名であるとの説が有力で、3世紀後半から4世紀初頭にかけて、イタリアに実在した大変信仰心の厚い女性の名であると云われている。
当時は、キリスト教徒に対する、ネロ帝から始まった迫害の下、信仰心の強かった彼女は、両目を繰り抜かれるなどの残虐な刑に処せられるなど、酷い迫害を受けたようだ。
後に、信仰の対象となり、「光の神」「光の守護神」として位置づけられるようになった。

その意味を知った上で、出来ることなら本格的なソプラノで歌いたいと思ったものだが、私はそんな才をどこにも持ち合わせている筈もなかった。
高校の頃からの友人の一人に、本格的な声楽を志した人物がいる。
今では、声楽家(ソプラノ歌手)として活躍する一方、大学等で教鞭をとるなど後進の指導にもあたっているその彼が、余すところなく発する魅力的なソプラノで歌う「サンタ・ルチア」を聴く度に、心が洗われ、そしてふつふつとヤル気が漲り、士気が上がってくるのを感じる。
未曾有の大災害を目の当たりにしながら、原発事故による目に見えぬ恐怖に怯え、言いようのない絶望感や悲憤慷慨にさいなまれる今、何かに癒されたいと思い、サンタ・ルチアの清き心や、「奮起を促す歌声に出会いたい」と願いが増すばかりの、今日である。



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