エッセイコーナー
83.子狐ごんたとの思い出  2014年7月8日

震災からちょうど3ヶ月が経ったある晩のこと。仕事が終わり、家路を急いでいた時の事だった。農道を直進し、前方のT字路を左折すると間もなく、我が家の門口が見えてくる。自宅はもう直ぐそこだ。 
すると、その時だった。ヘッドライトが微かに届くその先に、何やらうごめくものがちらっと目に飛び込んできた。
なんだろうと不思議に思い、徐行しながらゆっくりと近づいてみると、ライトの眩しさにあっけにとられたのか。
その小さな個体は狐のこどもらであった。そのなかの1匹が、逃げるでもなく、不思議そうな眼でこちらをじろじろと見つめていた。

驚いた。
生まれてこの方、実物の子狐を間近で見るのは初めてのことだ。映像のみの記憶でしかない。
これは珍事と、直ぐさま車を停め、常に助手席に携帯するカメラを手に取った。逸る心をなだめながら慎重にカメラを向けたが、光源は車のヘッドライトのみ。できることならもう少し光が欲しい。
しかしながらフラッシュなど焚く訳にはいくまい。するとその子狐は、こちらを警戒するでもなく、車にゆっくりと近づいてくるではないか。そしてまるでポーズでもとるかのように、どんと腰を下ろし、右の後ろ足で右耳をほじくり始めたのである。まるでこのポーズを撮ってくれと言わんばかりであった。
無我夢中でシャッターを切りまくった。すると、「もう十分撮っただろう。」とでも言わんばかりに、道なりに続く草むらにゆっくりと姿を消したのだった。

翌日の晩、まさか今夜は逢えまいと思いながらも、若干の期待を込め、念の為にと昨夜遭遇した地点よりかなり手前から徐行し、もし、また逢えたなら、動画サイトにでも投稿しようかと、ハンドルの前方にムービーカメラをセットし、静かに、静かに昨夜遭った場所へと近づいていった。
「いた、いた」、また、その子狐がいるではないか。
今度は準備万端で臨んだ甲斐あってか、無事動画の撮影に成功したのだった。

また、その翌日も、子狐らとの心の会話は続いた。仕草がとても可愛らしかった。舗装道路の上で、車を警戒するでもなく、まるで自分の庭のように伸び伸びと遊んでいた。時には寝そべったり、「危ないから、そこに寝たりするんじゃないぞ。」と声に出して、何度も何度も注意を促したつもりなのだが、当然意思の疎通などあろう筈もない。
何度もその様子を眺めているうちに、人懐っこい1匹の子狐に、『ごんた』と名付け、毎晩の出逢いが楽しみになっていった。あまりの可愛さに、車から降りて餌付けでもしようかと何度も思ったが、人間の身勝手なエゴによって、自然界で生きられなくなっては彼らのためにはなるまいと思いとどまった。

大地が裂け、山は騒ぎ、海が荒ぶる未曾有の大災害により、多くの犠牲者を目の当たりにし、傷心に苛まれた私らにとって、彼らとの心の会話は、和み、そして癒しのひとつでもあった。
それと同じように、彼らにとっても、大地震の恐怖と、大自然のおののきから、人里におり、種の垣根を越えた慰めや救いを、本能的に求めたのではないだろうか。

ごんたとの出遭いから十日目の夜。その晩も楽しみにしながら、ゆっくりと車を走らせていた。すると前方に、何時ものように小さな影が微かに見えてきた。「またねそべってんのか?」「なんかあぶないな~。」と何時ものようにゆっくりと近づいていったところ、何時もの様子とは違っていた。
そこには沈黙の匂いと、静粛な空気のみが漂っていた。
束の間のごんたとの楽しかった思い出は、3年余の歳月が流れた今でも、鮮明に蘇り、これからも決して忘れることはないだろう。射干玉の夜、家路を急ぐヘッドライトの先に、微かに過ぎる幻影を追いながら。

子狐ごんた
 BGMにはツトムの癒しの「音楽実験室」より、2TOMさんこと川崎ツトムさんの音楽をお借りしています。    

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