エッセイコーナー
217.火災防護訓練「常川寺」  2016年12月5日

昨日の日曜日、地元消防団の火災防護訓練が行なわれた。今回は地元のお寺(常川寺)の杉林が火元で、一帯の山林に火災が発生したと云う設定で行なわれた。
本部からの無線により、待機場所で控えていた各部の消防車両が、出動要請により一斉にサイレンを鳴らしながら現場に急行し、迅速に消火活動に取り組む訓練を行った。
訓練と知りつつも、サイレンの音が鳴り響くと急に緊張感が高まってくる。

2011年3月11日の東日本大震災の翌朝、まだ薄暗い朝の帳が開く前、シーンとした静寂を切り裂くサイレン音が木霊して目が覚めた記憶がある。今でも明け方になると時折思い出すことがある。
そんな緊張感を持ちながら真剣に訓練に取り組んだ。
昨年、一昨年と先陣を切る筒先係を担当したが、今回はポンプとホースの運搬係。ホースを担ぎながらあたふたと駆け足で所定の場所に運搬したが、流石に足腰の衰えは隠せなかった。最近膝や腰の不調からトレーニングを怠っていたことを今更ながら痛感した次第。
気合を入れ直し、鍛錬を怠らぬよう頑張っていきたいものだ。

出来ることなら若い衆に入団して頂き、地元に少しでも貢献して欲しいのだが、如何せんなかなか難しいようだ。
全国的にも、若者のなりて不足や団員の高齢化問題に頭を悩ませているようだが、こんなところにも少子化の影響が現われているのだろうか。
しかしながら、そんなことを云ってはいられない。
地元は地元の手で、地元民が守る必要がある。
使命感、犠牲的精神などの大義名分云々は控えるが、家族の延長線上に地域があり、家族の集合体が地域を形成する。
則ち地域の縮図が家族であると私は思う。
「家族を守ること」その線上に地域の消防団があるのではないだろうか。
我こそはと思う若人諸君よ、常に門戸は開いている。地域の皆が入団を歓迎している。

追記
訓練終了後、一関市消防署職員による総評があり、そのなかで、無線器使用についての感想があったが、「自分たちの言葉でいいからもっと活用するように」との指摘があった。
確かにあまり形式張った話し方では、緊急を要する有事の際に使用困難となりかねないのも事実である。形式通りの使用でのみ利用可能と思っていただけに、非常に良いアドバイスを頂戴したと私は思う。


フォト短歌「火災防護訓練」  

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