エッセイコーナー
386.草刈りの日々  2019年6月5日

雑草の伸びは凄まじい。
刈った後から、次から次からと伸びてくる。
草刈りをやりながら、いつも思うことだが、刈った草を何かに利用できないものかと。
思い浮かぶのは家畜の餌ぐらいなものだが、生憎我が家では家畜を飼っていないし、また飼う予定もない。
牛なりヤギなり羊なりを飼えばいいと思うのだが、何分にも家畜を飼うとなると時間的な拘束、時間の束縛を覚悟する必要がある。
そのことを理解し、納得した上で飼う必要がある。決して無責任な飼い方をしてはいけない。
そんなこんなと色んなことを考えてみると、いつもながらやはり飼うのは難しいとの結論に辿り着くのである。

私が幼少の頃、祖父(故)が乳牛を飼い、世話をしていたことがあった。牛を飼う前は小学校で教鞭を執っていた。
教員引退後に飼い始めたようだが、あまり続かなかったようだ。「やはり生き物を飼うのは難しいな」とこぼしていたのを、私は子供ながらに納得したことを憶えている。
そんなこともあって、私は家畜を飼うことにいささかの抵抗を覚えている。

最近度々耳にするが、ヤギを飼って草刈り作業の軽減を図る人たちが増えているとのこと。
勿論、私も検討したものの、仕事の都合もあり、前述のとおり無責任な飼い方はできない。
そうなると草刈り用機械の充実を図ることが必要だと云うことになる。
しかしながらよく考えてみると、昔は草刈り機などはなかった。
況してやトラクターモアや乗用式の草刈り機などあろう筈もない。草刈り鎌を使っての人力勝負だった。その為、労力は相当なものだったに違いないが、今のように隅々まで綺麗に刈ることもなかった筈である。

水田の場合、田植え後から稲刈り迄の期間は、水田雑草と呼ばれる特殊な植物群の除草が奨励されており、稲の生育、カメムシ対策等については畦畔の草刈りの影響も決して無いとは云えないが、それ程のものではないと考えられる。
従って現在のように、隣近所と競うように、ムキになって刈る必要などないと云えるのではないだろうか。
勿論、見栄えは確かにいいと云えるが・・・。


フォト短歌「土竜」  


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