エッセイコーナー
245.宮沢賢治「永訣の朝・松の針」  2017年6月3日

残念にも、最近詩のイメージがなかなか浮かんでこない。
感動による魂の震えや寂寥感、孤独感などの感覚が希薄になっているのであろうか。 
昨今の政治動向、世界を見渡せば収まる気配を見せないテロの趨勢、ハートの無いトランプカードのルール無視。
ミーイズムにして独善的な大国のそのトップが、世界で2番目に温室効果ガスを撒き散らして地球温暖化を進めておきながらも、パリ協定からとっとと離脱する。

ここ日本でも、身内優遇による権力者の忖度的な不公平感が蔓延している。
権力者の威光に縋ろうとする者たち。保身の為か、庇おうとして、有るものを無いと言い繕う者たち。
そんな国の中枢に巣食う連中ばかりを見、聞いていれば否応無しに形骸化や不信感を抱かずにはいられない。

そんな状況では、綺麗な花を愛でる余裕や、寂寥感から詩的な感情が沸き起こるなど、そんな悠長なことを云ってはいられないと云うのが、今の状況であり心境である。
とは云っても、そんな時にこそ、平静を保ち、ゆとりを持って日常の生活を送りたいもの。
久方ぶりに、宮沢賢治の『春と修羅』に目を通してみた。


フォト短歌「永訣の朝」  


下記に標準語訳を掲載してみましたが、私なりの解釈ですので、間違っている場合もありますことをご容赦願います。

<永訣の朝>
今日のうちに
遠くへ行ってしまう私の妹よ
霙(みぞれ)が降って外は変に明るいのだ

 (雨雪を取って来て)

薄赤く一層陰惨な雲から
霙(みぞれ)はびちょびちょ降って来る

 (雨雪を取って来て)

青い蓴菜(じゅんさい)模様のついた
これら二つの欠けた陶器のお碗に
お前が食べる雨雪を取ろうとして
私は曲がった鉄砲玉のように
この暗いみぞれの中に飛び出した

 (雨雪を取って来て)

蒼鉛色の暗い雲から
霙(みぞれ)はびちょびちょ沈んでくる
あぁとし子
死ぬと云う今頃になって
私の気持ちを一生明るくする為に
こんなさっぱりとした雪のひと碗を
お前は私に頼んだのだ
ありがとう私の健気な妹よ
私も真っ直ぐに進んで行くから

 (雨雪を取って来て)

激しい激しい熱やあえぎの間から
お前は私に頼んだのだ
銀河や太陽、大気圏などと呼ばれた世界の
空から落ちた雪の最後のひと碗を……
……ふた切れの御影石材に
霙(みぞれ)は寂しく溜まっている
私はその上に危なく立ち
雪と水との真っ白な(氷と水の混じり合った)二相系を保ち
透き通る冷たい雫に満ちた
この艶やかな松の枝から
私の優しい妹の
最後の食べ物をもらって行こう
私たちが一緒に育って来た間
見慣れた茶碗のこの藍色の模様にも
もう今日お前は別れてしまう

(俺は 俺一人で天国に行く)

本当に今日お前は別れてしまう
ああ、あの閉ざされた病室の
暗い屏風や蚊帳の中に
優しく青白く燃えている
私の健気な妹よ
この雪はどこを選ぼうにも
あまりにどこも真っ白なのだ
あんな恐ろしい乱れた空から
この美しい雪が来たのだ

(また生まれて来る時は
今度はこんなに自分の事ばかりで
苦しまない様に生まれてくる)

お前が食べるこのふた碗の雪に
私は今心から祈る
どうかこれが天上のアイスクリームになって
お前と皆さんに聖い食科をもたらすように
私の全ての幸いをかけて願う

<松の針>
さっきの霙(みぞれ)を取って来た
あの綺麗な松の枝だよ
おお お前はまるで飛びつくように
その緑の葉に熱い頬をあてる
そんな植物性の青い針のなかに
激しく頬を刺させることは
貪るようにすることは
どんなに私たちを驚かせることか
そんなにまでもお前は林に行きたかったんだね
お前があんなに熱にうなされ
汗や痛みで悶え苦しんでいる時に
私は太陽のもとで楽しく働いたり
他の人のことを考えながら森を歩いていた

ああいい さっぱりした
まるで林の中に来たようだ

鳥のように栗鼠(りす)のように
お前は林を慕っていた
どんなに私が羨ましかったろうに
ああ 今日のうちに遠くに去ろうとする妹よ
本当にお前はひとりで行こうとするのか
私に一緒に行けと頼んでくれ
泣きながら私にそう云ってほしい

お前の頬の けれども
なんと云う今日の美しさよ
私は緑の蚊帳の上にも
この新鮮な松の枝を置こう
そのうち雫も落ちるだろうし
そら
爽やかな
ターペンタイン(テレビン油)の匂いもするだろう




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