エッセイコーナー
148.安住の地  2015年9月16日

シリア国内には海外に脱出しようにも出来ない人たちが760万人。脱出できたはいいが、目指すヨーロッパに辿り着けない難民が357万人。運良くヨーロッパに辿り着くことが出来た難民は34万人(2015年9月上旬)と云われているシリアの難民問題だが、シリア国内の情勢は更に複雑化し、深刻な状況にあるようだ。
アサド政権軍や米欧が支援する反政府穏健派、イスラミックステート(IS)やアルカイダ系の「ヌスラ戦線」、クルド人勢力など、敵対する勢力による5つ巴の戦闘状況にある。 その為に一般市民は逃げ場を失い、安住の地を目指して亡命を図り難民となる。

そのシリア難民の、とある一家がトルコまで漸く辿り着いた。 両親と息子、娘の4人家族。しかしながらトルコまで辿り着いたはいいが、所持金を殆ど使い果たしてしまった。財布に残ったお金は日本円にして僅か50円程度。
安全なヨーロッパに自力で辿り着くには到底無理。渡航業者に高額を支払らわなければ辿り着けない。 例え支払ったとして必ず行けるとは限らないが。

番組のインタビューには、「家族を何としてでも守り、子供たちに普通の教育を受けさせたい。その為にはシリ アでは安全に暮らせず、難民を受け入れてくれるヨーロッパに行きたい」と涙ながらに話していた。
これからどうするのかとの質問に、父親は「今病院を探して いる」といっていた。「病院?」との質問に、「自分の肝臓を売る為だ」と答えていた。

自分の臓器を売り、それを渡航費にあてるとのことだ。 なんと虚しい、なんと切ない、なんと悲しいことであろうか。あまりにも辛い現実が、画面の向こう側にあった。
一家を守る大黒柱としての責任。家族のことをひたすらに思う深い深い愛情。 同じ家長として、家族を守ることの責任の重さや辛さ、歯がゆさなどが共鳴し、とても涙なくしてはその画面を観られなかった。 男として、魂を揺さぶる名作、壬生義士伝を思い出したのだった。

国会で今現在、侃侃諤諤・喧々囂々と論戦を交わしながら、「平和」の尊さを改めて考え直す機会にもなった安保法制の問題だが、集団的自衛権を行使するということは、同盟国の船が敵国に攻撃されていたなら、同盟国である日本はそれを守る為に軍事行動に出なければならない。 そうなると、同盟国の船を攻撃する敵国にとっては、日本も当然敵国と云うことになる。そうなってドンパチが始まれば、いつも犠牲になり、苦しめられるのは非武装の一般国民だ。
抵抗の出来ない非力な子供や女性たち、そして走って逃げることも出来ない老人たちだ。

今現在シリア難民が世界で問題になっているが、明日は我が身。 海岸に打ち寄せられた子供の変わり果てた姿を観て、難民受け入れを認める国が増えてきているが、日本はどうなのだろうか。 果たしてこのままで本当に良いのだろうか。
集団的自衛権ともども、愛他主義的精神が廃忘され、民主主義を無視した多数決主義、力と数の論理に押し切られようとしている現実に、ただただ歯がゆさと、虚しさばかりが逼り来る今日このごろである。

 


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