エッセイコーナー
329.第32回落合直文全国短歌大会  2018年10月2日

一昨日の日曜日、震災ボランティアとして訪れて以来約7年ぶりに宮城県気仙沼市を訪れた。
と云うのも、落合直文全国短歌大会に出席する為だった。
以前より、一度是非参加してみたいと思っていた短歌大会である。県境をまたぎはするものの、一関市と気仙沼市は隣接する行政区。距離もそう遠くはないが、如何せんこの時期はどうしても忙しい。秋の収穫時期と重なり、なかなか時間的に余裕がないのである。

ただ、今秋は稲刈り機械の調子が悪いこともあって、飯米もろとも業者に委託することに決めた。
その為、通常ならとても短歌大会どころではない時期だが、時間調整が可能となり出席が叶ったと云う訳である。
会場は気仙沼市の高台にあるサンマリン気仙沼ホテル「観洋」4F。開始時間は午前10時。関係者や来賓の挨拶及び祝辞の後、入賞作品の発表と表彰式が始まった。
私の作品は残念ながら選外。表彰式の様子を拍手を送りながら席を温めることとなった。
一般の部の出詠作品は253首だったが、高校生は985首、中学生に至っては1710首、合計すると2948首と凄い数だ。全て目を通すだけでも至難の業だ。

今回の選者は「りとむ」編集員の今野寿美先生。宮中歌会始の選者としても知られる。
「歌ことばと落合直文」と題する講演が始まった。
恥ずかしながら私は落合直文について殆ど知識がなかった。せいぜい森鴎外や正岡子規らと知己で、幕末生まれの歌人程度の知識しかなかったが、「於母影(おもかげ)」の翻訳は、与謝野鉄幹夫妻や島崎藤村、北原白秋や萩原朔太郎らへの影響が大であったことを初めて知った。
北原白秋によって宮沢賢治は見出され、世界に知られる存在となったことはつとに有名だが、もし、北原白秋が落合直文からの影響がなかったならば、宮沢賢治の独特な世界観や理想主義的文学は世に知られることはなかったかもしれない。
そんなことを思いながら、会場の末座を温めた次第である。

講演が終わり、作品の講評が始まった。
入選作品を初め、出席者全員の作品の講評を、一首一首丁寧に、しかも柔和な言葉を選びながらの講評には、実に頭が下がる思いである。
作品内容の意味、解釈は人それぞれ、作者の意図する内容とはたとえ異なったとしても、やむ無しであろう。
私の出詠歌は「妹の訪ふ朝餉は賑やかにわらびぜんまい筍ご飯
妹が我が家を訪れた時のことを詠んだ内容だが、「訪ふ(おとなう、とう)」の解釈について、異なった解釈(私が妹の処に行くと解釈)がなされ、非常に残念ではあったものの、数百首もの講評ともなれば致し方ないのかもしれない。
一応、会場に出席しておられた方々に誤解されたままでは大変口惜しいので、この場を借りて弁解し、解釈の誤りを解きたい。

「訪ふ」と云う語について、念の為に、私の友人である著名な国語学者に確認してみることにした。すると、ありがたくも直ぐにその回答が返ってきた。
それによると、
古今和歌集〔905~914〕秋上・二〇五「ひぐらしの鳴く山ざとの夕ぐれは風よりほかにとふ人もなし〈よみ人しらず〉」を例にとって、「訪ふ」と云う意味で用いるのは間違いではないとのこと。「妹の」の「の」は主格であり、〈妹が訪れる・やって来る〉という意味以外の解釈は、むしろできないとの回答をいただいた。
作品としての出来不出来はさておき、思い入れの強い短歌だっただけに、一昨日らい腹の奥底に何やらモヤモヤしたものを抱えていた。友人からその回答をもらってスッキリとしたのだった。
ただ、前述したとおり、数千首に目をとおし、数百首の講評をするなどすれば、誤解釈も致し方なし、已む無しと云わざるを得ないと云うことだけは、敢えて書き添えておきたい。


入賞作品紹介(佳作以下は割愛)

■一般の部
 <落合直文賞>
  なめらかな朝のダム湖の深みどり思わぬ方に川鵜浮き出ぬ (宮城県・角田市)朝長スミエ
 <選者賞>
  参列者がまつすぐ海へ行くものだから浜茄子の花が咲いてゐるなり (宮城県・石巻市)大和照彦
 <気仙沼市長賞>
  玄関に「子ども110番」貼られゐる山あいの坂道図書館へ (宮城県・気仙沼市)吉田ヨシ子
 <気仙沼市文化協会賞>
  星と同じほどに灯りてゆく一機とどまらず吾も一生を来つる (宮城県・仙台市)伊藤静子
 <気仙沼ユネスコ協会賞>
  人生は定年からと仰ぎ見るひこう機雲の白きひとすじ (宮城県・仙台市)沼沢 修
 <宮城県歌人協会賞>
  泣いている児にあらず孫はああなんと泣かせている方積木を取りて (宮城県・仙台市)村岡美知子
 <三陸新報社賞>
  つばめ疾く宙返りして消えにけりここより舞台は夏場のひかり (宮城県・仙台市)伊藤静子
 <気仙沼商工会議所賞>
  愚直とう言葉に惹かれ生き来たりこの先も吾愚直なるべし (和歌山県・和歌山市)松田容典
 <気仙沼ケーブルネットワーク賞>
  球場に建設されし震災仮設をスコアーボードが七年見守る (宮城県・気仙沼市)佐藤宗雄

■高校の部
 <落合直文賞>
  下校途中橋の向こうの夕空は日々の心の投影図法 (気仙沼向洋高校3年)安住元希
 <選者賞>
  ぼんやりと眺めてみてはまた眺む試験結果の他人事の紙 (東陵高校1年)鈴木晴登
 <気仙沼市長賞>
  赤点は回避せねばとテスト前覚えたはずの王の名前は (気仙沼高校1年)三浦圭翔
 <気仙沼市教育長賞>
  空暗し線香花火の花が咲き静かに落ちる平成の夏 (気仙沼高校1年)伊藤陽菜
 <気仙沼市文化協会賞>
  たくさんの道があるから心揺れ時には悩み答えを探す (志津川高校1年)西城亜美
 <気仙沼ユネスコ協会賞>
  忘れればいいんだよって言うように突然雨がザーッと降った (本吉響高校1年)村上杏栞里
 <宮城県歌人協会賞>
  次がある次があるさと気が付けば人生とても長くはかなき (本吉響高校1年)及川楓輝
 <三陸新報社賞>
  あぁ君は私の気持ちも知らないで平成最後の夏が始まる (志津川高校1年)狩野結菜
 <気仙沼商工会議所賞>
  グーグルで検索しても出てこない私の気持ちもあなたの気持ちも (気仙沼高校1年)遠藤渚生
 <気仙沼ケーブルネットワーク賞>
  流れ星どんなに願っていようとも決して戻らない君がいた夏 (気仙沼高校1年)熊谷昂士

■中学の部
 <落合直文賞>
  ちはやぶる神の領域我あおぎ手をあて聴くは宇宙の苦情 (大島中学3年)小山 健
 <選者賞>
  だがこれは自分のことだこわいけどやるかどうかは自分で決める (歌津中学1年)千葉海斗
 <気仙沼市長賞>
  あっ負けるあきらめかけた心の奥この瞬間終わった試合 (唐桑中学2年)菅原花音
 <気仙沼市教育長賞>
  この星の表面にいるちっぽけな僕という名の存在はなにか (鹿折中学3年)阿部佑陽
 <気仙沼市文化協会賞>
  日を浴びて残雪ひかる山肌にシュプール残る僕の月山 (条南中学2年)奥玉颯汰
 <気仙沼ユネスコ協会賞>
  玉拾い毎日続く部活動いつか見てろよ僕のスマッシュ (志津川中学1年)岩淵俊紀
 <宮城県歌人協会賞>
  夏来たる答案返され並べては我の心に冬来たりけり (大谷中学3年)馬場雅晴
 <三陸新報社賞>
  あと少しもう少しだけ待ってくれ読み終わるまであと数ページ (大谷中学2年)紺野侑弥
 <気仙沼商工会議所賞>
  ピッチングマシンに勝ちたいぼくだけは見きわめてやる素振り百回 (大谷中学1年)小野寺裕樹
 <気仙沼ケーブルネットワーク賞>
  休日に足元に見たたけのこはあの太陽に届くだろうか (大谷中学1年)及川 舞


フォト短歌「妹と朝餉」 フォト短歌「船」


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