エッセイコーナー
132.ロッキーとの別れ  2015年5月19日                      BGMを聞きながら↓↓

無事に我が家の田植えが終わった。
周り近所の田ん圃では、おおかた田植えが終わっている。
若葉を讃える山並みがくっきりと映しだされる鏡田には、新緑色の苗が小風の波紋に揺らぎながらビニールハウスの狭く暑苦しい苗床から開放され、気持ち良さそうに規律正しく並んでいる。
後はすくすくと育ち、秋の収穫期には黄金色の稲穂がたわわに実るのを待つばかりだ。とは云え、その間にやることは沢山ある。

いつものことだが、我が家の中古の田植機は、どっかこっかに不具合が生じ、暫し作業を中断するといったハプニングに見舞われるのが常だ。
それもその筈、1年365日の中で、たったの1日か2日しか使わないのである。車もそうだが、常に使っていないと調子が悪くなる。家だってそうだ。人のいない家は直ぐに廃墟となり、幽霊屋敷となる。

それでも機械に明るい人はまだいい。調子が悪ければ自分で直す事は可能だろうが、なんぶんにも私は機械音痴。故障すればお手上げ状態となる。
しかしながら有難いことに、どういう訳か思いのほか今年の田植えは順調過ぎる程順調だった。勿論、叔母や従兄弟たちの加勢があってのことだが、時折吹く強めの風が多少気にはなったものの、午後には次第におさまり、殊の外作業は順調に進んだのだった。

しかしながら、そんな良いことばかりではなかった。
作業を終え、自宅に戻ると、愛犬のロッキーが冷たくなっていた。
享年16、人間で云えば既に90歳は過ぎているだろう。天寿を全うしたと云っても良いのではないだろうか。
ここ4・5日、食事がなかなか喉を通らない様子だった。
好物だった筈の市販のドックフードには殆ど手を付けず、多少減っていた食物と云えば、我が家で作った天日干しの米のみだった。

冥土の土産、いや、我々を励ます為の意思表示として、ロッキーは最後の力を振り絞って飲み込んだに違いない。「大変だろうけど、頑張ってお米を作るんだよ」と励ましのメッセージを残した、私にはそう思えるのである。
毎朝、出勤する直前には必ずといっていい程ロッキーの頭を撫で、「じゃ、行ってくるよ」と声をかけてから徐ろに車に乗り込んでいた。
毎晩、帰宅すると直ぐにロッキーの元に駆け寄っては「ただいま、元氣にしてたか」と頭や喉元を撫でてやり、背中を擦るのが毎朝、毎晩の日課であった。

昨晩も今朝も、自宅に戻っては早々に、また、出勤の車に乗り込む直前には、ロッキーの犬小屋に向けて夢遊病者の如く歩を進めては、ふと我に返るのである。


 私のハナミズキ>>

                                             愛犬ロッキー

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