エッセイコーナー
256.世代間交流  2017年8月22日

例年、私の住む地区は、8月14日の盆踊り大会と一緒に世代間交流として流しそうめんなどをやっていたが、盆踊り大会は「お盆前のひと月以内にご不幸がある場合は中止」との自治会の決定事項により、今夏も、昨年に続き2年連続の中止となった。
その為、世代間交流事業は別口で開催する必要がある為、一昨日、集落センター駐車場を会場に、花火大会やスイカ割り、焼肉や焼きそばなどでお腹を満たしながら子供たちとの交流を楽しんだ。

昨今、少子化問題が懸念されるように、我が地域でも子供が少なくなっている。とは云え、少人数ながらも子供らの元気にはしゃぐ声を耳にすると、安堵感や平穏感を覚えぜずにはいられないのである。

海外ではテロや内乱、内紛と云った無分別で不徳義な武力の衝突により、何の罪もない一般市民や子供たちが戦禍の犠牲となり、希望ある未来を一瞬にして奪われる悲劇を、モニター越しに見る度に心が張り裂けそうになる。
しかしながら、それは所詮、映像をとおしての二次元的な視界のみの世界であり、実態を伴う現実的な悲しみを体感している訳ではない。映像から目を背ければ、他人事のように忘れ、対岸の火事に留まってしまう。

今現在日本海を挟み、近隣国との緊張感がなお一層高まるなか、一触即発の状況にある。
決して絵空事ではない現実がそこにはある。
くれぐれも武力衝突だけは避けなければならない。
子供たちの屈託のない笑顔、笑い声を決して絶やすような政治的決断だけはやめてもらいたい。
アメリカのティラーソン国務長官が、話し合いでの賢明な解決策を模索すると云っているように、徹底した対話での解決を心から望んでやまない。

フォト短歌「手筒花火」  

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