エッセイコーナー
70.戦火のナージャ  2014年2月3日

2月7日から開催のソチオリンピック迄あと4日。
開会式には、アメリカのオバマ大統領やスウェーデンの閣僚、フィンランドのスポーツ大臣などが、ロシアの人権問題を理由に出席を見合わせるなかで、安部総理がその式典に参加するとのこと。
そもそもロシアが、ソチでの冬季オリンピック開催を熱望した理由として、開催による経済効果はもとより、テロに対する強固な姿勢を誇示する目的もあったのではないだろうか。

民族問題により、絶えず紛争が続く北カフカス地方に隣接するソチでの開催は、選手らにとっても、テロに対する脅威を、意識しながら臨まねばならない冬のスポーツの祭典となりそうだ。
競技会場周辺には、4万人以上もの警察官やロシア軍の部隊も配置され、厳戒態勢の下で競技が行われるとのことだが、無事、何事も無く2月23日の閉会式を迎えて欲しいものだ。
そんなこともあって、ロシアに対する認識を深めるためにも、ロシア発の映画を借りて観ることにした。

題名は『戦火のナージャ』、第2次大戦下のソ連を舞台に、『太陽に灼かれて』の続編として2010年に発表された戦争ロシア映画だ。
内容については、生き別れとなった父と娘(コトフ大佐と愛娘ナージャ)が、戦争の悲惨さをとおして、過酷で皮肉な運命を鋭く描いている。
特にドイツ軍との戦闘シーンは、準備を含め8年もの歳月が費やされ、ロシア映画史上最大となる巨額の制作費が投入されたとのことだ。

熱演するのはミハルコフ監督本人と、実娘のナージャ・ミハルコフが父娘役を演じている。
息する暇もない程の緊迫した過酷で悲惨な戦闘シーンや、連帯責任と称して、あまりにも酷い集団虐殺など、戦争の悲惨さや酷さが遺憾無く伝わり、戦争の虚しさや無慈悲さ、無意味さや無常感などを知る上で必見の価値ありと私は思っているが、観る者の判断によっては、その価値観は違ったものになるのかも知れない。

ラストのシーンでは、19歳の若さで戦争に駆り出され、交戦により瀕死の状態で最期を待つばかりとなった若者が、従軍看護婦となったナージャを前に、男としての最後の願いを叶えてやるシーンが印象的である。
それに対し、観る者にとっては色んな解釈があろうかと思うけれども、戦争の惨さや虚しさ、そしてリアリティーを極限まで追求した作者の意図が、そのラストシーンに秘められていたと私は思っている。


かじかむ我が手


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