エッセイコーナー
389.「仕合わせ」とは?  2019年6月19日

昨夜、山形県沖を震源に震度6強の強い地震があった。
事務所を後にして間もなく、帰路の途中スマホがけたたましく鳴った。早速車を止めて確認してみると、日本海側で津波の予報が流れていた。韓国に出張中の息子が気になり、早速「高台に上がれ」とメールを送った。
結果的には大事に至らなかったものの、震源地の近くでは家屋倒壊もあり、「地震はもうこりこり」と云いたいところだが・・・。
被災された方々に、まずもってお見舞い申し上げたい。

さて、何年か前『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』と云う本がベストセラーとなった。
かく云う私も読者のひとりである。私は実際里山に住んでおり、興味が沸いたのは自己の肯定化、或いは正当化の確認の為でもあったかと記憶している。
ただ今、永田町界隈では年金問題で揺れ、喧々囂々、戦戦兢兢としている。ワーキンググループの調査による年金調査の結果、老後資金は2000万円不足するとの発表があった。

参院選を控え、不利とみるや即座に火消しに走った金融担当大臣だが、悪いことに調査を依頼したのはその当人である。
ワーキンググループから提出された報告書を「受け取れない」として突き返した。更に悪いことに、予算委員会の席上で野党による「報告書を大臣はちゃんと読んだか」の質問に、「冒頭部分しか読んでない」と答えた。
まったくもって呆れた話だ。2000万円の不足は勿論目についた筈だが、金融担当大臣にとって、2000万円程度は大した金額ではないのだろう・・・。
しかしながら我々一般の庶民にとっては実に深刻な問題である。

ただ、よくよく考えてみると、我々里山の住人にとってはそれ程お金を必要としない。やり方によっては十分に暮らしが成り立つ。
米や野菜は勿論自前、春になれば筍やわらび、ゼンマイやウド、タラの芽やコシアブラなどなど、その辺りに幾らでも生えている。魚が食べたければ近くの川に行けば釣り放題。ただ、海の幸となると結構遠いので時間のある時でなければ厳しい。鶏を飼えば新鮮な玉子をいただき、その気にさえなれば鶏肉だって目の前にある。

前述の野菜などは売り物ではなしに自家消費分の為、形は歪であろうが全く問題ではない。農薬など一切使わないので安心安全な食材となる。
秋になればきのこ取りである。松茸や舞茸、香茸や栗茸、ムキタケなどなど、ただ松茸や舞茸はなかなか難しいが、何れにしてもただで手に入る。
また、都会とは違って近所付き合いも盛んだ。昔ほどではないにしても、持ちつ持たれつ、お互い様の精神は今でも変わることはない。旬のタケノコやお米をおすそ分けすると、秋には梨や葡萄を頂戴する。

昨日、近所の伊師先生がさくらんぼを沢山持ってきた。過去のホームページの記事やブログでも度々紹介しているが、実に上手に果物を作っている。見た目は勿論だが、兎に角美味しい。そんな伊師先生は元国立病院の歯科医師だった。
とまあ、物々交換ではないにしても、そんなにお金がなくとも里山に暮らしていると十分楽しみながら生活していけるのである。
まあ確かに、里山暮らしは不便な面もある。居酒屋に行けば帰りはタクシーを使わなければならない。病院に行くにも歩いては行けず、車が必要だ。しかしながらそれ以上に、充実した生活が送れるのである。
ものは考えようと云うことである。
「仕合わせ」とはいったい何か、今一度じっくりと考えてみたい。

前出の居酒屋、仕合わせのキーワードで思い出したが、今夏も吉田類さんが一関に来るとのこと。類さんは酒場放浪記でお馴染みだが、仕合わせそうな飲み方で、平和な飲み方をする。
一関市錦町青年会(錦町水天宮通り街づくり委員会)の企画で、今年で3回目となる。昨年同様、おんな酒場放浪記の倉本康子(通称やっこ)さんも来関するとのこと。実に楽しみである。


フォト短歌「さくらんぼ」  


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