エッセイコーナー
169.白石隆一画伯「あこがれの欧州」 2016年2月2日

岩手県一関市千厩町の出身であり、昭和の岩手を代表する洋画家の一人、白石隆一画伯のヨーロッパ12カ国、約5ヶ月間のスケッチ旅行にて描きとめた360点の絵画を、一関市博物館2階展示室にて約2ヶ月間(1月30日~4月3日)展示するとのこと。本日合間を縫って立ち寄ってみることにした。
これらの作品は本邦初公開、没後30年を記念し、長い間ご遺族が大事に保管されていたものを特別に公開したとのこと。
また、画伯の人物画の代表作、「ひげのおじさん(岩手県立美術館所蔵)」や「パリの街角(岩手県立美術館所蔵)」も展示されている。

白石画伯といえば、私の祖父の中学(現在の一関一高)時代からの親友で、我が家にも何度となく遊びに来ておられたとのこと。その縁で、我が家にも画伯の作品が残っている。
ただ、私の曽祖父(彌一)も画(水墨画)や書をたしなみ、漢詩なども自作しており、画伯の画に曽祖父直筆の漢詩を書き込んだ合作のみである。
残念ながら画伯単体の作品は全て祖父(安之)が処分し、今では写真にある合作の2作品のみとなった。なんでも鑑定団に出せば値がつかない可能性が大だが、勿論値段云々ではない。

画伯が未だ健在だった50年程前、私の自宅から画伯の自宅まで約20数キロにも及ぶ道程だが、祖父や祖母は度々行き来をしていた。私も2度程同行した記憶があるが、交通の手段は憶えていない。
小学の低学年の頃だったと記憶している。行く度にアトリエに通され、子供ながらに上手いものだなと感心したものだ。特に魚の絵が素晴らしかった。まるで生きているかのように観えたものだが、「僕も将来絵かきになりたいなぁ…」などと話したところ、「いや駄目だ駄目だ、絵かきなんかになるもんじゃない」と諭されたことを薄っすらと憶えている。
勿論その理由は推して知るべし。

祖父が亡くなる迄、祖父宛に毎年届く年賀はがきは決まって魚の絵だった。その葉書を祖父は大事に整理していたものだった。前述したが、数枚でも我が家に残せば良いものを、祖父が亡くなる前に形見分けだと称して全て親戚や知人にくれてやった。
なので、残念ながら我が家に魚の絵は一枚も残っていない。
残ったのは前述の通り、座敷に掛けてある木板に描いた剣岳の油絵と、色紙に描いた万里の長城の水彩画2作品のみ、それも曽祖父との合作作品のみである。


 



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