エッセイコーナー
49.心に残る絵画  2012年12月5日   

2012年12月4日の地元紙(岩手日日)に、一関市出身で78歳の金野圭助(横浜在住)さんが、78歳にして初の出品にも係わらず、見事日展(日本美術展覧会)で入選さられたとの記事が大きく載っていた。
新聞掲載の写真は小さいにも係わらず、絵心のない私でさえも素晴らしい絵だと改めて思う。
記事の内容には、金野さんの高校時代、「同市千厩町出身の故白石隆一画伯から指導を受けた」との一文があった。

白石画伯といえば、私の祖父の中学(現在の一関一高)時代からの親しい友人で、画伯が未だ健在だった頃は、私の自宅から画伯の自宅まで約20数キロにも及ぶ距離だが、祖父や祖母は度々行き来をしていた。
私も2度程同行した記憶があるが、交通の手段は憶えていない。
小学の低学年の頃だったと記憶している。

行く度にアトリエに通され、子供ながらに上手いものだなと思ったものだ。特に魚の絵が素晴らしかった。
まるで生きているかのように見えたものだが、「俺も将来絵かきになりたいな~」などと言ったところ、「いや駄目だ駄目だ、絵かきなんかになるもんじゃない」と諭されたことを薄っすらと憶えている。
勿論その理由は推して知るべしだが。

祖父が亡くなるまで、祖父宛に毎年届く年賀はがきは決まって魚の絵だった。
その葉書を祖父は大事に整理していたものだ。
だが、残念なことに今は一枚も残っていない。多少なりとも残せばいいものを、祖父が亡くなる前に形見分けだと称して全て親戚にくれてやったようだ。
なので、我が家に魚の絵は一枚も残っていない。
残ったのは座敷に掛けてある木板に描いた剣岳の油絵(?)と、色紙に描いた万里の長城の水彩画2作品のみとなった。


白石隆一画伯新聞記事 フォト短歌「白石画伯」

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