エッセイコーナー
302.菅原神社3年に1度の大祭  2018年4月24日

一関市舞川(相川)の地元民はもとより、学問の神・菅原道真公を祀る神社として、受験生の合格祈願や子供らの学力向上を願い、一関近郊のみならず岩手県南部や宮城県北部から参拝に訪れる菅原神社の、3年に1度の大祭が、世界平和、家内安全、五穀豊穣を祈念して一昨日(4月22日)執り行われた。
当神社は、嘉応2(1170)年に、奥州藤原氏3代目当主の藤原秀衡公が、京都北野天満宮より勧請(かんじょう)したものとされ、以来ニ度の遷座の後、現在の原沢吉ケ森に落ち着き鎮座している。

経緯云々はさておき、我々地元民は子供の頃から親しみ、心の拠り所として、元朝参りや事あるごとに参拝する親しみ深い神社である。
因みに菅原道真公の正室・島田宣来子(しまだののぶきこ)は、延喜元(901)年正月25日、右大臣の顕職にあった夫君菅原道真公が太宰権帥へと左遷され、そのことが元で3人の子供を伴って岩手県胆沢郡へと落ち延びてきた。
その後、道真公の訃報を聞き、悲しみのあまり病に伏し、42歳の若さで他界されたとのこと。その墓碑が、菅原神社より北に約4キロ、一関市東山町田河津竹沢に残っている。

今回の大祭で私は、還暦の当祝者として参列し神輿を担いだが、寄る年波には勝てず、肩に喰い込む神輿の重さをひしひしと味わいながらの巡行だった。
本日の地元紙(岩手日日新聞社)でも紹介されたが、4月27日、今週金曜日のNHK岩手放送局「おばんですいわて」でも紹介されるとのことである。


フォト短歌「菅原神社大祭」  

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