エッセイコーナー
612.社会詠の意義「啄木の歌」  2021年8月6日

関東方面での新型コロナ感染拡大が止まらない。
東京都では昨日、一日で5000名を超える感染者が出たとの発表があった。
1万人を超えるのは時間の問題だとの沈痛な声も聞こえてくる。
一方で、東京五輪の盛り上がりによって、笑顔と歓喜の声が聞こえてくる。
その対照的な音と映像に、矛盾と混沌が脳裏を過る。果たして今後、日本はどうなっていくのだろうか。

・赤紙の表紙手擦れし国禁の書(ふみ)を行李(こうり)の底にさがす日
・やとばかり桂首相に手とられし夢みて覚めぬ秋の夜の二時

上記の二首は、石川啄木が当時の武断主義に傾注する国政に対して異議を唱え、また国禁の書を読み耽るなどして混迷の社会に対するアンチテーゼとして詠んだものと思われる。
詩歌全般を含む文学、文芸の持つ意義、また社会に対する役割として、その時代じだいの情勢を記録することの他に、画一的で公権的な力に対して、文芸の持つ多角的なアプローチにより、柔軟性や多様性を社会にもたらすことが出来るものと思っている。

また文芸は、芸術としての探求のみにあらず、利己的で些細な満足感の追求のみにもあらず、それよりも寧ろ、社会に対する意見の反映により、社会参画の一つの手段として普遍性を有するものだと私は解釈している。
またそれと共に、文芸批評に対する姿勢として、エゴティズム(自我主義的)の論考は避けたい。


フォト短歌「鈍色の空」  

コロナ禍で浮き彫りとなった日本の財政問題。次期総選挙の争点には、緊縮か、或いは積極かの財政問題に焦点を当て、「財政」に対する解釈の違いについて徹底的な論戦を期待したい。


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