エッセイコーナー
569.馬の尻尾  2021年2月6日

我が家の所有(北側の一部)する山林の中に、標高350メートル程の秀麗な三角山がある。その頂上部に巨巌があり、馬蹄の跡のような窪みがある。
地元の云い伝えでは、奥州藤原氏3代目当主の藤原秀衡公が寵愛した駿馬、太夫黒(たゆうぐろ)が、直線距離にして4・5kmはあろうか、その距離をひとっ飛びで足形を着けたものだと、子供の頃に聞いたことがある。
勿論単なる伝説に過ぎないが、それだけ太夫黒は名馬であったと云うことだろう。
その太夫黒が世に知られるようになったのは、源義経公が一ノ谷の合戦に赴く折、秀衡公が太夫黒を義経公の武運を祈り贈ったものだと云われている。

私は度々、伯父(母の兄)が裸馬に乗って颯爽と野を駆ける夢を見る。
それも義経公が一ノ谷の合戦で共に戦ったとされる太夫黒にである。
太夫黒の生誕地は諸説ある。
平泉から東に約6・7キロメートルのところに現在の一関市東山町松川がある。そのまた東に約6・7キロメートルのところに一関市千厩町がある。千厩と云う地名の由来は、千(多くの)の厩舎があったことから名付けられたと云われており、太夫黒の生誕地説としては信憑性が高い。
一方、一関市東山町松川字卯入道平地内で生まれたとの説もあり、今回は、これから登場する母や伯父の出身地でもある松川説を採って話を進めていきたい。

今から20年程前、72歳で黄泉の国に旅立った伯父は、私の父の高校時代の一級先輩であった。
伯父は当時から豪放磊落で豪傑を鼓舞していた。裸馬に跨っては校庭を闊歩するなど、父が云うには、先生や先輩たちから一目置かれ、後輩たちは伯父が通る度に身を縮めては避けて通っていたそうだ。
念のため甥の私が一応掩護しておくが、伯父はただ闇雲に相手を威圧するなどの無頼漢ではない。強きは挫くが決して弱きを甚振るような人物ではなかった。一見すると確かに怖そうに見えたかもしれないが、とても気遣いのある優しい性格の人物だった。

伯父は高校卒業後に警察予備隊(現在の自衛隊)に入隊し、仙台市内に住まいを構え定年迄務めた。その間にあらゆる武道などの修練に励んだ。
柔道、銃剣術、空手道、剣道、合気道などなど、全て合わせると30段近くの段位を取得し、なかでも銃剣術は師範代を務め、多くの門弟を抱えていたそうだ。その為地元のテレビや新聞でも何度か紹介されたことがある。
本来なら昨年開催される筈だった東京五輪。新型コロナの影響により延期を余儀なくされたが、57年前の1964年に開催された東京五輪では、伯父は柔道の関係者として当時の東京五輪に関わった。その時に、胸元に日の丸が刺繍されたジャージ2着を支給され、その内の1着を私が仙台に遊びに行った時に頂戴し、今でも大切に保管している。

おそらく、当時の伯父を目の前にすると、大概の人は体内から発する氣に圧倒されるのではないだろうか。
決して上背が高い訳でも、力士の様に図体が大きい訳ではないが、眼光鋭く、如何にも武術家と云った雰囲気がひしひしと伝わってくるのである。
何故伯父がこれ程迄に武道に執着し極めようとしたのか、私は色々考えたことがある。
それはおそらく、子供の頃の実体験からきたものではないだろうか。

第二次世界大戦が始まる2年前の昭和12年。当時従軍獣医師として満州に赴任していた祖父(母の父親)の下へ、祖母を筆頭に、伯父、母、妹2名の総勢5名が日本海を渡った。
祖父は当時、開拓団の指導者として、また従軍獣医師として軍馬250頭の面倒をみていたそうだ。冬は氷点下38度の酷寒の地、母から当時の辛さを色々聞いたことがある。その体験談の中に、命からがら逃げ延びた恐怖の体験談があった。
満州に着いて2年目のある日の薄暮の頃。
家族5人で祖父の帰りを待っていると、一人の男が突然日本刀を振り回しながら家に乱入してきたと云うのだ。

窓ガラスや電灯は日本刀でたたき割られ、床には割れたガラスの破片が散乱していた。その中を家族5人は裸足で必死に逃げ回ったそうだ。幸い無事に外に逃げ出せたそうだが、騒ぎを聞きつけたご近所や憲兵が駆け付け、無事に犯人は確保され事なきを得たとのことだった。
その際に割れたガラスの破片などで犯人は大けがを負ったそうだが、母ら家族全員、怪我一つしなかったとのこと。
「神のご加護」と母は云っていた。
当時の母は7歳、伯父は9歳だった。
当時9歳の伯父はその体験を踏まえて心に誓ったのではないだろうか。
祖母や母、その妹2人と、男は9歳の伯父だけだった。

何故犯人が乱入してきたのか後で知ったそうだが、当時、馬の尻尾が高値で取引され、犯人は馬の尻尾を売り捌いていたのだそうだ。その現場を目撃され、通報されたことを恨み、強行に及んだようだが、通報したのは祖父ではなく、他の人物であったとのことである。
神のご加護と母は話していたが、思うに、祖父が大事に馬たちの世話をしており、その馬たちの念が、天上界に通じたのではないかと私は勝手に思っている。

つい二日程前、ジェンダーに触れた問題発言で物議を醸している偉い御仁が、今年開催予定の五輪聖火リレーについて、「有名人は田んぼを走ればいい」と話していたようだが、田んぼなど走ったものなら直ぐに捻挫をするに違いない。第一、田んぼは走る場所ではない。お米を作る神聖な場所である。
まあ、百歩譲って走ったとしても、怪我をしないのは、太夫黒を初めとする馬たちであろうが、尻尾を切られた馬では、バランスを崩して怪我をするかもしれないが・・・。


フォト短歌「太夫黒」



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