エッセイコーナー
786.交通事故の報道について思うこと  2023年2月28日

昭和23年から令和2年迄の交通事故死亡者数の推移をみると、右肩下がりでかなり減ってきているようだ。
昭和45年の16,765人を最高に、一昨年の令和2年は初めて3,000人を割る2,839人と、統計を取り始めた昭和23年以降最小人数のようだ。
各ドライバーの交通ルール遵守もあるだろうが、やはり自動車自体の安全性の向上が大きいと思われる。
また、昨年(令和4年)の結果発表では、2,610人と6年連続で最小記録を更新しているとのこと。有り難いことだ。
とは云え、現実をみると2,600人以上もの尊い命が交通事故によって奪われている。
その現実を決して忘れてはいけない。
死亡事故の場合、新聞等でその状況が克明に報じられているが、私はどうしても違和感を覚えずにはいられないことがある。

被害者の実名掲載は致し方ないと思うのだが、加害者まで実名で報じる必要があるだろうか。私はないと思っている。
勿論、故意であれば吝かではない。しかしながら殆どの加害者は故意で事故を起こしている訳ではない筈だ。
事故は事故、実名まで報じる必要があるだろうか・・・。
被害者や被害者家族のことを思うと複雑だが、已む無く事故を起こしてしまった加害者の心情を察すると、周囲から責められても加害者と云う立場から反論も出来ないだろう。謂わば弱い立場でもある。
故意ではない、その弱い立場の人間に対する一方的な攻撃は、単なるイジメのように思えて仕方がないのである。
罪を憎んで人を憎まず。
誰しもが事故を起こす可能性を孕みながらハンドルを握っている。
報道する側もそのことをしっかりと自覚しながら、心のある記事を書いて欲しいものだと私は思う。

交通事故の推移>>


フォト短歌「かじかめる朝」  


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