エッセイコーナー
744.ポポのこと  2022年10月29日

我が家のポポ(ポーポー)の木は、20年ほど前に父が植えたものだ。
何の機会だったかは覚えていないが、ふとした時に、私が父にポポについて話題にしたのが切っ掛けだった。
私がポポの美味さを知ったのは小学生の頃。
我が家の親類に誠治(故)さんと云う酒飲みだがとてもと面白い人物がいた。
小鳥などの小動物をペットとして飼っていた。
特に印象深かったのがムササビ(バンドリ)だ。

ある日、「ムササビを捕まえたから見に来い」との連絡があり、小学校から自宅に戻ると直ぐ様ランドセルを放り投げ、勿論宿題などそっちのけで見に行ったものだ。
今では動物愛護法などで飼うことは禁止されていると思うが、当時はそれほど五月蠅くはなかった。
また、誠治さんは樹木医の資格もあり、樹木の事についても詳しく、庭や畑の一角に色々な果樹を植えていた。
丁度50年程前の今頃、誠治(故)さん宅に遊びに行くと、「これ食ってみろ」と出されたのが、ポポだった。
実に美味しい果物だなと思ったものだ。

「これ、うんめね!」樹に生っているポポを見つめながら物欲しそうに云うと、「そが、このポポっつのは栄養価がたげぇがら、せいぜいひとづにしてだほうがええぞ」と、私の強請る心情を察したか、やんわりと諭された。
その後暫く経った中学生の頃。同じ班の仲間らと話している時、何かの拍子に、「昔食った果物で、アケビさ似だ筒状の掌に乗る位の大きさの果物、誰がしらねがな?」と話したところ、一人の女子が「ひょっとしたらポポでねが」との返事があった。
ポポと云う名前を知らなかった、と云うか忘れていたので、「どんなやつだが?」と尋ね返すと、「ほんじゃ、明日持ってくっぺ」ということに相成った。

翌日、約束どおりポポをご馳走になったが、あの時の味そのものであった。
以来、秋になると思い出しつつも、20年以上経って、ふとした時にそのことを父に話すと、早速どこからか取り寄せてくれたのだった。
畑の一角に2本のポポの樹を植え、有り難くも今から10年程前から実が生るようになった。
それ以来この時期になると毎年、味わい深いクリーミーな果実を堪能している。

ポポは森のクリームとも云われ、野生動物たちも好物である。
ハクビシンは元より、スズメバチにも狙われたりするのだ。3年程前だったか、我が家の土蔵の軒下に巣作ったスズメバチが、朝な朝な熟して落ちたポポを入れ代わり立ち代わり啄ばんでいた。
ポポの食べ頃は勿論熟してからだが、手で届くところは触ってみて柔らかさを感じたら食べ頃である。
しかしながら私はそれよりも、熟して地面に落ちたものを一番美味しいと思っている。そこはスズメバチと同じだ。

幸い今年はスズメバチやハクビシンの被害がない。珍しいことがあるものだ。
色々考えてみると、ひょっとしたらアナグマの影響ではないかと思ったりもする。
家の近くに棲家を見付けたか作ったか、昨年あたりから畑周辺の土が所々ほっくり返されるのが散見される。
おそらくミミズでも捕っているのだろう。ポポの被害が減ったのは、ひょっとしたらそのアナグマのお陰かもしれない。
とは云え、アナグマの習性の一つ、行儀の良さか否か?(溜💩)には、ちょっとばかり困りものだが・・・。


フォト短歌「さやかな風」 フォト短歌「熟しポポ」

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