エッセイコーナー
261.第10回斎藤實・春子夫妻を偲ぶ等短歌大会  2017年9月11日

一昨日の土曜日、「斎藤實・春子夫妻を偲ぶ等短歌大会」の為に奥州市水沢区を訪れた。
当短歌大会は2008年の斎藤實生誕150年記念事業として企画され、今回で10回目を迎える節目の大会だ。
斎藤實翁はご周知の通り、岩手県出身の総理経験者5名のうち、平民宰相として知られる原敬第19代内閣総理大臣に次いで2番目に総理(第30代)となった人物である。
また、1936年2月26日、武力による強硬路線をよしとする皇道派のクーデター(二・二六事件)により、無念の最後を遂げたことは歴史の教科書にも出てくる。

斎藤實翁は武力をよしとせず、「自力更生」を掲げて国民自らの創意工夫により国難を乗り越え、平和主義を全うしようとしていた。
総理を務める以前、朝鮮総督として朝鮮に赴いたことがある。着任後、それまでの武力統治を廃止させ、文治統治に心血を注いだ。その温情と業績に対して、斎藤實翁の生家、今は記念館となっているが、その2階の書庫を含む建物を「水沢文庫」として朝鮮の方々のご芳志によって建てられたそうだ。

もし、現世に、斎藤實翁が生きていたならば、ICBM搭載の核による北の脅威に晒されることはなかったのではないだろうか。
力で抑えようとすればする程、反発の力は強まり、制裁による圧力を強めれば強める程、何時の日か必ずや、日本が経済制裁を受け、自暴自棄となって真珠湾攻撃に打って出た時のようになる可能性は極めて高い。
対話による解決を第一に、制裁による圧力を加えながらも和平交渉を続けるべきである。但し、制裁による圧力を強める際には必ずや逃げ道を作っておくべきであり、自暴自棄、窮鼠にならぬようある程度の配慮は必要に思う。
「ならず者は徹底的に叩き潰すべきだ」「圧倒的な武力でねじ伏せてやるんだ」などと理性を欠くような判断、決断だけは避けてほしい。
もし、斎藤實翁が生きていたならば、「同じ意見ではなかろうか」などと思いながら、斎藤實翁生家の座敷の中、庭の植物や庭池を眺めながら、そんなことを思った次第である。

さて、本題の短歌大会だが、会次第に則り、オープニングとして椿の会(地元女声合唱団)による『斎藤實顕彰歌』の合唱から始まり、開会の言葉、斎藤實顕彰会長挨拶と進み、記念講演として、選者であり元岩手県歌人クラブ会長の菊澤研一先生の講演が始まった。いつもながら、菊澤先生の豊富な知識量、記憶力の凄さには驚かされるとともに、絶妙な語り口調に惹きつけられたのだった。
その後、全員の詠草作品をひとりひとり順番に読み上げ、意見を述べ、菊澤先生の講評を頂戴すると云った歌会形式の発表会及び勉強会が行われた。
そしてお待ちかねの受賞作品発表へと進んだ。

受賞者及び受賞作品は以下の通り

最優秀賞
   菊池 トキ子 様(江刺区)  木々よろふ斎藤實の墓の岡 夕蜩のこもごもの声
優秀賞 
   石川 陽子 様(江刺区)   おとろへし身を試さんと杖を持ち歩む廊下の長々しけり
優秀賞 
   佐藤 時雄 様(江刺区)   手鏡の曇りをそっと手で拭いて写すわが顔今日生きるため
佳 作
   野坂 次郎 様(盛岡市)、阿部 スミ子 様(胆沢区)、遠藤 カオル 様(胆沢区)、工藤 百合枝 様(八幡平市)   羽藤 蕘 様(胆沢区)、阿部 洋子 様(水沢区)、堀内 敏子 様(盛岡市)

私の出詠歌は残念ながら受賞を逃したが、「詠うことの意味は受賞云々ではない」と慰め、自問自答しながら来年に向けての歌詠に精進することにしたい。

追記
9月9日、日本インカレ男子100メートルで日本中が待ちに待った大記録が遂に生まれた。
桐生祥秀選手、9秒98、本当におめでとう!!
― 10秒のぶ厚き壁に風穴を開ける桐生は日本の未来 ―
勿論、今回の記録更新により、他の選手も、特にサニブラウン選手などは直ぐにでも9秒台を出すのではないだろうか。

フォト短歌「大福」  

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