エッセイコーナー
577.悔恨の念「四十余年の時を経ても」 2021年3月8日  to uを聴きながら → 

時計の針は無言のまま巻貝の様に右旋を繰り返すばかり、決して左に輪転することはない。
ビデオテープを巻き戻すように、人生を巻き戻せないものかと、何かにつけて思うことがある。
私には年子の妹がおり、二人兄妹である。
妹がどう思っているか定かではないが、年も近いことから比較的仲の良い兄妹だと私は思っている。

私は子供の頃から運動(暴れること)が得意で、宿題などはそっちのけで野山を駆けまわったものだが、妹は小さい頃から読書に夢中になり、成績も良かった。小・中学時代は学年で常に1・2番を維持していた。とは云え、運動が苦手な訳ではなく、中学時代はソフトボール部の主力選手として活躍もしていた。
私が中学3年、妹が2年の頃、県下一斉の模擬試験があり、学年問わず同じ問題の試験があった。
数日後に結果発表があり、それを見て私は愕然とした。
5科目500点満点の試験だったが、辛うじて私が上回ったものの、トータルの差は僅か10点にも満たなかった。
流石に、「こりゃまずい」となり、それから私は多少だが、遅まきながら勉強に力を入れるようになったのである。

当時、民放の番組やNHKの朝ドラだったと思うが、女優の萩尾みどりさんがかなり人気を博していた。
御多分に漏れず、妹も萩尾さんの大ファンとなり、かなり憧れていたようだった。
当時の萩尾さんは、千葉大学理学部生物学科の現役学生でもあった。そのことから、妹は地元の進学校(一関一高)に進むと、運動会系のクラブを選ばず、迷うことなく生物クラブを選んだようであった。
萩尾さんの影響がかなり大きかったようだ。
高校時代の成績も学年では10番以内に入るなど、千葉大学理学部生物学科の受験資格としてAランクをキープしており、合格は有望と目されていた。

しかしながら萩尾さん人気の影響もあってか、当時の偏差値はかなり上がったようであり、残念ながら受験に失敗したのであった。
妹はかなり落ち込んでいたが、それでも諦めきれず、浪人して再度チャレンジしようと思っていたようだった。
しかしながら私は、そのことに反対してしまったのである。
今でこそ女性蔑視として非難の対象になり得るが、当時私は、「女性の幸せは結婚にある」と真剣に思っていた。
その為には高学歴より、短大出の方が貰い手が多く、結婚に有利だと思っていたのだ。
両親は妹の意思を尊重するつもりのようだったが、私が強く反対し、諦めるよう諭した為に、結局妹は二次募集の、とある短大に入ることになった。勿論それなりの幸せを掴んだとは思うものの、妹の夢を奪ったことによる、取り返しのつかない悔恨の念に、私は未だに苛まれているのである。

もし、時計が左に回転し、35万時間ほど戻ることが可能ならば、妹に、「一度の失敗で泣くんじゃない、兄ちゃんも応援するから来年またチャレンジしてみろ」と励ましたいのである。
あれから40数年間、とても妹に面と向かって云えそうにないことから、妹の名誉の為にも、ここに記しておきたい。


フォト短歌「巻貝」  



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