エッセイコーナー
5.本物の経営者の気概  2008年4月12日

私の知人に、ある会社の経営者がいる。彼は堅実な人物で、人柄も温厚で社員思い、率先して陣頭指揮を執り、社員からの人望も厚い。地方の冷え切った景気の中でも極めて堅実な経営を続けている。
そんな彼の身の上に、不幸な出来事が襲ったのである。
愛妻がガンの告知を受けたとの事だった。それもかなり進行しているらしい。ましてや、乳飲み子を抱えている身である。奥さんも未だ30代と若い。若いからこそガンの進行も速いだろう。
心中を察すると如何ばかりか。本当に居たたまれない心境だろう。さぞかし無念だったに違いない。そんな状況の中、彼はその心中を表にも出さず、たんたんと穏やかな口調で話してくれたが、ここ1ヵ月の間にかなりやつれた様に見受けられた。本当に辛かったのだろう。

今後の事を話してくれた。「子供も未だ小さいし、女房を実家に戻して自分も女房の実家に入って、看病と子供の世話をしたい」と話していた。「会社はどうするんだ」と尋ねると「社員達に迷惑かけたくないので、身を引いて女房の実家の近くでアルバイトでも何でも良いから仕事を探すつもりだ」という。
なんという人物だろうか、ここまで、会社の為、社員の為に身を粉にして築き上げてきた会社を「社員に申し訳ない」と、後進に後を譲って、自身は犠牲になるというのである。経営者だから、出勤しなくともそれなりの報酬を受ける権利は当然にある筈である。にもかかわらず「社員に申し訳ない」と言うのである。

今時、こんな気概を持った経営者はいるだろうか。
社員を犠牲に、自分だけ良ければよい、という経営者は虫の数ほどいるが、このような素晴らしい経営者はそういるものではない。
こんな気概のある指導者もいるのに、方や、何にも残さずして無責任にも突然辞任する一国の主もいる。
何とも憤りを感じるが、こんな気概のある経営者のもとで働けるんだったら、とことん会社の為、社長の為に身を賭してでも頑張るだろう。そう思ったからこそ、彼に「そんな事言ったら、社員達がもしその事情を知ったら、かえって苦しむんじゃないのか」「奥さんが回復したら、その時また仕事に復帰して、迷惑をかけたと思うんだったら、その分頑張れば良いのではないのか」「その間だけ給料として貰っても良いんじゃないのか」と彼を説得した。
私も彼も、震える声を奥歯でぐっと噛み締めながらの押し問答であった。

これも宿命だと悟れるんだったら楽にもなれるだろう。しかしながら、そんな簡単に割り切れる筈はない。神様が本当にいるんだったら、何でこんな素晴らしい人物を苦しめるんだろうか、と恨みたくもなった。
ただ、以前何気なく読んだ本の中に、こんな文面があった。「五体満足でなかったり、難病をかかえて生まれてくる子は、その両親が全て受け止めてくれる寛容の心をもっているからこそ、その親のもとに生まれてくるんだ」「親が子供を選ぶのではなく、子供が親を選んで生まれてくるんだ」と。・・・

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