エッセイコーナー
334.酒蔵の心意気  2018年10月22日

一関の市街地を流れる磐井川沿い田村町の一角に、世嬉の一酒造の酒蔵が古色蒼然と存在感を誇っている。
世嬉の一酒造は江戸時代から続く由緒ある蔵元で、島崎藤村や幸田露伴、北村透谷や内村鑑三らとの関わりもあり、戦後間もなく、当時中学生だった井上ひさし(作家)一家が当蔵の一角で暮らしていたなど、名だたる文人たちとの交流のある名門の造り酒屋である。
現在、地ビールや日本酒などオリジナルに拘る酒造メーカーとして、一関の観光名所の一つとして全国から観光客が訪れている。
その観光の柱の一つが、100年来大切に守り受け継いできた酒蔵である。

その建築様式はイギリスのクイーン・ポスト (queen post) と云う梁組を取り入れ、漆喰や石組みとの和洋混合の建築様式であり、大きさは東北一と云われている。国の指定文化財として登録もされている。
2011年の東日本大震災の折、岩手県南内陸部でも震度6強の強い揺れに見舞われた。一関市街地でも多くの建物が全壊や半壊などの甚大な被害を被り、世嬉の一酒造の酒蔵も損壊施設の一つであった。
大震災を機に、耐震基準の見直しが図られ、一様に地震対策の見直しに迫られた。

当酒蔵は国の登録有形財産であり、一般の建物以上に慎重な工事が要求された。
修復が始まる前は「酒の民族文化博物館」や「いちのせき文学の蔵」が見学でき、修復工事中は見学が不可となっているが、昨年の7月から工事に入り、今年の10月現在も未だに工事は終了していない。
前述のとおり、文化財の修復工事ともなると一般家屋の工事とは異なり、それ相応の時間と費用もかなりのものだろう。
工事終了後の集客等の経済効果、費用対効果を考慮すると、決して採算がとれるとは考えにくい。

通常、経営云々の側面から考えるならば、経費を少しでも抑えるべく、修復工事を諦めるのが一般的ではないだろうか。
しかしながら世嬉の一酒造は敢えて、赤字覚悟で酒蔵の存続を決断した。
現・相談役の3代目佐藤晄僖さんがご子息に代表権を譲る際、「この蔵は世嬉の一が管理運営しているが、町の風景の一つであり、借金をしてでも残すべき」と説いたのだそうだ。
世間一般で云う企業の考え方は、利益を優先する実利主義が「当たり前」であろう。経費を削減し、規模拡大を図るのが一般的な経営の考え方であろう。
そんな観点から、費用対効果などを考慮すると決して「合わない」と云うのが自明の理ではないだろうか。
酒蔵の修復に費やす予算を抑えたいと思うのが当然である筈だ。

しかしながら、3代目の意志を受け継いだ4代目も利益云々以上に、「私」を排して「公」を取り、地域の財産として、地元への配慮を最優先に考えているようだ。
本来企業が持つべき、社会に対する責任、位置づけなどをしっかりと持っている。
本物の企業経営者としての「意気込み」「心意気」を感ぜずにはいられない。

偽造、捏造、データの改竄など、姑息な手段で利を貪り、私利私欲に走る輩がいる一方、正直に、そして誠実に企業経営に取り組む経営者が確実にいる。
そんな企業が栄え、繁盛することこそ、真の資本主義の姿であると私は確信している。
岩手県を訪れ、中尊寺や毛越寺の世界遺産を観光した折、岩手県の玄関である一関市に立ち寄り、「蔵元レストランせきのいち」で昼食や夕食を堪能し、お土産にオリジナルの地ビールや日本酒、甘酒などを買い求めてみてはいかがであろうか。「ビールやお酒はちょっと重い」などと思った場合には、その場で宅配を頼んでみてはいかがだろうか。


 
フォト短歌「漆喰」 仕込み桶 クラストン クラストン内部 蔵の民俗文化博物館 藤村碑


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