エッセイコーナー
42.オープンソースの社会的貢献  2012年4月25日

私がキーボードを叩きはじめたのは今から約15・6年前、ちょうどWindows95が世に出始めて間もなくの頃だった。
真っ黒いDOS/V画面がどうしても馴染めず、半分諦めかけていた矢先の発表に心が踊ったのを今でも憶えている。
95搭載のデスクトップを購入し、ぎこちないながらもタイプ練習を再開し、間も無くして、繋がり難く、ヤキモキイライラしながらも何とかインターネットに繋いではネットサーフィンの楽しさを知り、嵌ったものだった。

普段散歩の途中、何気なく眺めている草花が何という名称や種類か、疑問に思った時などは早速パソコンに向かいキーワードを打ち込んで検索してみると、そのキーワードに関連する草花が画面に映し出され、感動したものだった。また、何かの語源を知りたい時なども、直ぐ様キーボードに打ち込むと即座にその答えが返ってくる。
非常に便利になったものだと心底から感心したものだった。 しかし、それらの有益な情報が全て無料で提供されている事に、ある種の疑念を感じていた。

当時、バブルが崩壊し、お金があって当たり前の時代、「この世はお金が全てだ! 情報もお金になるんだ」とマネー原理主義者であるかの如く、資本主義、或いは市場原理型資本主義といった利益至上主義の余韻にどっぷり浸かった者の感覚からは、「損して得取れ」の損得勘定が思考を優先的に先導していた為か、真の、本来の意味での社会貢献の姿が観えなくなっていた。
従って無料で公開する感覚がなかなか理解出来なかった。

私利私欲にとらわれることなく、奉仕の心を持った人達によって、多くの有益な情報や方法、手段が無料で提供されている、所謂ソーシャルマインドが広がりつつある。
それは何も情報やハウツーものだけにとどまらない。写真を加工する編集ソフトや、作曲ができるソフト、コンピュータ処理をネットワーク経由のサービスとして利用出来るクラウドや、非常に高価である筈の3D画像編集ソフトまでもが無料で使用できる。
それらを総称してオープンソースと呼んでいるが、先日、岩手県では初となるオープンソースカンファレンスが、私の地元である岩手県一関市で開かれた。そのオープンソースを利用して業績を上げている企業やアマチアが集い、色んな情報交換が行われた。

オープンソースの社会的台頭に対して、大手ベンダーなども無視できなくなってきているのか、或いは利益至上型から社会性重視のソーシャルマインドへの転換なのかは知る由もないが、かなり注目されつつある事は確かなようだ。
それにともない一部の地方自治体では、特定の企業からの高価なソフト導入を見直し、無料または安価なオープンソースの利用を本格化しているところもあるようだ。
しかしながら現在のところそれ程多くの自治体で導入している訳ではない。
その最大の要因として、アフターフォローの問題やセキュリティーの問題が挙げられる。
それらの克服は必須要件の一つだが、国の機関が積極的に導入を検討する事により一気に普及する可能性を秘めている。

税金の無駄使いを避ける事は勿論だが、バブルが崩壊し、リーマンの破綻を皮切りに100年に一度と云われる未曾有の経済危機を経験し、その僅か数年後の昨年3月11日、忘れもしない1000年に一度と云われる大震災、大津波に見まわれ、更には絶対にあってはならない原発事故に身も心もズタズタにされた。
そんな苦い切ない経験をした上で、今後の企業のあり方や進むべき道、或いは我々国民一人ひとりが、「儲けさえすればいい、自分さえよければいい」といった利益至上主義の発想から、「社会全体が良くなればいい、喜びを皆で共有すべきだ」とするソーシャルマインドへの転換があまりにも自然であり、決して綺麗事でとどまることなく、今がその変わり目であり、端境期にあるといっても決して過言ではないのではないだろうか。
少なくとも私はそう信じている。

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