エッセイコーナー
844.博物館の存在意義  2023年8月11日

博物館には学術的に価値の高い美術品や工芸品、歴史的に重要な資料が多数保存され、それら実物の資料を通して正確に学ぶことや、研究することが出来る施設であるのみならず、訪う者の拠り所となり、精神性や人間性の高まりにも影響を与えられる施設だと私は思っている。
今年1月13日、私のエッセイ集「よろづの遊び場」に、新年随感「国宝を守れ」とのタイトルで、「このままでは国宝を守れない」とする東京国立博物館館長の寄稿文が1月10日発売の文春2月号に載ったことを受け、私なりの随想を述べたことがある。

電気やガスなどの光熱費の高騰により、博物館の維持は窮地に立たされ、それを救ったのはバンク・オブ・アメリカからの寄付だったそうだ。
所管の文化庁に相談したところ、財務省から補正予算への計上は認められないとして断られたそうである。
今回は国立科学博物館が昨今のコロナ禍や光熱費、原材料費の高騰により資金面で大きな危機に晒されているとして、1億円を目標にクラウドファンディングに支援を求めたとのこと。

世の中捨てたものじゃない。開始早々1日余りで既に2万人以上の支援により、目標額を大きく上回る3億円以上が集まったそうだ。
クラウドファンディングは11月迄続けるそうだが、果たしてどれだけの額が集まるのであろうか。
文化財、文化的な資源の重要性を重んじ、慮る慈善の心を持った国民性を誇りに思うばかりだが、ただ一方で、民間人の慈善に縋らなければならない現実に、憫然たる思いや疑念を抱かずにはいられない。
前出の東京国立博物館にしろ、国立科学博物館にしろ、「国立」と云うことは国の施設である。

「国立」の定義は、「国家が設立して維持管理すること」とある。
となれば国立の施設である以上、全て国が予算を捻出し、運営すべきではないだろうか。
前述したように、東京国立博物館が所管の文化庁に相談したところ財務省から宜なく断れたそうだが、そもそも、財政観、貨幣観を正さない限りはこんなことが延々と繰り返されることになる。
国の施設でさえも、事あるごとにクラウドファンディングに頼らざるを得ないとは・・・。
果たしてそれで良いのだろうか。
ただ、確かに、天下りの「利の為、便益の為」では本末転倒だと云えるのかも知れない。

今回のクラウドファンディングの成果に、永岡文部科学大臣が「国立博物館の取り組みに国民から理解、ご協力をいただけたことに非常に感謝申し上げ、国からの基盤的手当によって、安定的で優れた博物館運営がなされるよう取り組んでいきたい」と述べたそうだが、そもそも、博物館の立ち行かない状況を掴み取り、国の基盤的手当を施すのが本来の姿ではないだろうか。

因みに、地元の一関市博物館では、現在、「大槻三代ファミリーヒストリー」として、地元一関が生んだ三賢人「大槻磐渓、大槻如電、大槻文彦」が重要文化財指定を記念して、大槻家所蔵の著作物や書画、刀剣など貴重な資料が9月3日迄展示される。
是非とも訪れ、賢人たちの足跡や世界観に触れ、精神性や人間性を高めていただきたい。

一関市博物館
場所:岩手県一関市厳美町字沖野々215-1
電話:0191-29-3180
URL:https://www.city.ichinoseki.iwate.jp/museum/
入館料は個人(大人300円、学生200円、中学生以下は無料)
因みに、65歳以上(一関市在住者)は無料


フォト短歌「大言海」  
     
 

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