エッセイコーナー
160.マイナンバーの是非云々  2015年12月18日

「直筆にすべき」と決めて以来、年々、年賀状作成が悩みの種の一つとなった昨今の年末、投函受付の初日には間に合わなかったものの、本日無事に投函することができた。
後は自宅と事務所の大掃除を済ませ、新年を迎えたいところだが、今後の計画として、3作目となるフォト短歌エッセイ集の上梓にむけて、比較的時間がとれる冬期間に準備に取り掛かっていきたい。

さて、先日の新聞に、「マイナンバーは違憲だ」だとして、弁護士らが5地裁に差止を求めた提訴の記事が載っていた。提訴理由として、個人情報漏洩の危険性や、憲法13条のプライバシー権の侵害などが主な理由のようだ。
また、更には、年々被害が拡大傾向にある詐欺被害も懸念材料のひとつと云える。
果たしてマイナンバーは本当に必要なものなのだろうか。

確かに、情報を集約し、一元化する方が管理者側からしてみればいいのは理解できる。
Accessなどで、データベースとして管理できればキーボードで番号をポンポンと叩くだけで、ダイレクトに個人情報が一瞬にして把握できる。
つまりは番号一つでその人の家族構成や学歴、収入や資産状況、または、犯罪歴などの賞罰の有無までもが、将来的に、一瞬にして入手できることになる。考えてみれば非常に「恐ろしい」ことである。
身長や体重、ウエストサイズや体脂肪率、或いはほくろの位置まで、スッポンポンの状態を見ず知らずの他人にさらし、しかも知らないところで覗かれているようなものだ。もし万が一情報が漏洩し、悪徳業者に流れでもしようものなら一大事だ。個人情報保護法などあってないようなものだ。

そんなことにより、マイナンバー導入によって我々国民は萎縮せざるを得なくなるのではないだろうか。
ただ、個人情報保護法にしろ、集団的自衛権容認の安保法案にせよ、このマイナンバー制度しかり、成立の手続きには義憤を覚えつつも、我国は民主国家の名の下で、多数決制による決定行為により、方向、或いは方針が左右され、決定される。その民主主義上の手続きに於いて決まった以上は、不本意ながらも従うべきであろう。
動き始めた船はなかなか止められないのである。それも元はと云えば、我々国民が選んだ結果なのだ。
世の中、意に反する事は往々にしてある。

寧ろ思った方向にはなかなか進まないのが現実であり、それが社会であり、世間の常識なのかもしれない。
決まった以上は、覚悟を決め、甲板の手すりをしっかりと握りしめ、荒波に飲み込まれないよう、必死に踏ん張らなければならないのではないだろうか。
ただ、返す返すも、今回の安保法案や原発再稼働容認には納得がいかない。何故ならば、もしもの時、両者とも真っ先に犠牲になるのは弱い立場の人たちであるからだ。



こんな惨いことは二度と避けなければならない
 


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