エッセイコーナー
198.テロリズム  2016年7月7日

テロリズムとは、政治的目的を達成する為にあらゆる手段を講じて敵対する当事者を無差別に攻撃することを云うが、近年特にその残忍さや酷さ、激しさを増しているのではないだろうか。
2013年1月のイスラム過激派によるアルジェリア人質事件では、10人の邦人が犠牲となった。プラントの建設に関わって数々のプロジェクトを成功させ、アルジェリアに貢献し信頼も厚かった人たちである。
また日本国内でも、1995年の3月、日本中を震撼させたオーム真理教によるサリン事件や、1972年2月の連合赤軍による浅間山荘事件なども印象に残っている。

直近では7月1日午後9時頃、バングラデシュの首都ダッカのレストランで過激派組織IS(イスラム国)による襲撃があり、20人以上の犠牲者を出した。その中には7名の日本人が含まれていた。アルジェリア人質事件の犠牲となった邦人同様、皆バングラデシュの為 にと、尽力してきた方たちばかりである。
銃殺する直前には、コーランの朗読を要求され、その要求に応えられない人には斬首や引き金を引いたとのことだ。
テロの愚行に踏み切る原因は、極端な偏りによる宗教観や政治思想などから起こる蛮行である。全く許しがたい愚劣極まりない行為だ。
犠牲となった当人の無念さは計り知れない。
銃弾やヤイバによる激痛や苦しみの中、「何故こんな目に遭わなければならないのか」と苦悶、惨痛の中で息を引き取ったに違いない。

また、犠牲者の家族を初め、関係者の心労、懊悩煩悶もまた計り知れないものがある。
もし仮に、私の家族が犠牲となったとしたら、とてもいたたまれない心境であろう。自分の命を投げ捨ててでも、テロリストらに一矢報いたいとの復讐心が、執念となり怨念となって、決して薄れることはないだろう。
何故テロはこれほどまでに膨らみ、繰り返されるのだろうか。
一方的に、テロリストは悪者であるとレッテルを貼り、断言し、片付けるのは簡単だが、そうなった経緯や背景、理由を解明していかなければ根本的な解決は望めないのではないか。

極端な信仰心の昂ぶりにより、他の宗教を認めず、あのような愚行、蛮行に及んでいるということなのだろうか。
おそらくそれだけではあるまい。恨みが恨みを生むと云った。復讐心によるテロの連鎖が、その根底にあるのではないだろうか。その原因は生死に起因するもの のみならず、経済制裁や差別、迫害によるもの、ヘイトスピーチなどの精神的弾圧によるものなど、色んな要因が考えられるのではないだろうか。
問答無用の強行的な空爆により、犠牲となった武装テロリストもそうだが、非武装の一般市民への攻撃は更なる復讐心を煽り、遺恨を残す結果となる。
その憎しみの連鎖が、復讐の連鎖を生み、テロの連鎖を生み、終結をみることのできない最大の理由ではないだろうか。

一昨日、仕事の合間を縫って参院選の期日前投票に出向き、清き一票を投じてきた。投票所に向かう間、そのテロの連鎖を断ち切り、安全で住みよい社会にする方法はないものかと、色々考えながら向かった。
無慈悲で悲惨な戦禍に発展しない為には何が必要で、何をすべきでないかを思案しながら向かった。
その思索の中で、結論として導き出した答えが、暴力による封じ込めでは絶対に解決をみないとの一点に達した。今回の選挙の争点を、そのことに絞って、清き一票を投じてきたのだった。

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