エッセイコーナー
351.香港九龍游々紀行「シャンカンの旅情にふれて」前編  2019年1月20日           後編>>

縁があって、息子がお嫁さんを娶ることになった。
台湾の大学に留学していた時に知り合ったようだ。
そのお相手は香港生まれの可愛いらしいお嬢さんで、この度、香港式の挙式を上げる為に初の香港渡航と相成った。

平成31年1月11日(金) 出発の日
成田空港を午後3時頃出発、香港空港に着いたのは日本時間で7時半頃、約4時間半のフライトであった。
行きと帰りは時間が異なるらしく、非常に長く感じた。
香港空港到着後、時間も遅かったので早速タクシーに乗り込み、香港滞在期間4泊全て同じホテル、九龍のインターコンチネンタル香港ホテルへと向かった。
息子がレストランを予約していた為、予約時間を既に過ぎていたこともあり、ホテル到着早々、荷物を置いて予約していたレストランへと急いだ。

そこはペキンダッグで有名な古琴雅苑(尖沙咀)と云う店だった。
ペキンダックはかなり以前に食べた筈だが、味は記憶にない。古琴雅苑のペキンダッグはとても美味しく、通常皮を食べるのだろうが、私は寧ろ身の方が気に入った。他の料理も美味しくいただき、地ビール一杯でほろ酔い気分となり、十分に満腹感を覚え、堪能させていただいた。
ホテルに戻るなり、どっと疲れが出たのか、ベットに横たわるなり一瞬にして夢の中と相成った。
翌朝、息子曰く、「オヤジのいびきが煩くてとても寝られなかった」とのこと。昨年3月の台湾渡航の折も、同じような台詞を聞いた。静かに寝ていたつもりだったのだが・・・。

フォト短歌「摩天楼」

1月12日(土) 初対面
昨夜はたっぷりと熟睡したので、朝は実に快適だった。
ブラインドを上げ、ホテルの窓ごしに観える対岸の香港島の景色は圧巻だった。
色とりどりに屹立するビル群、アルファ+に格付けされた都市のひとつ、国際金融の拠点として知られる世界都市である香港。平均寿命は男女ともに世界一として知られる長寿国である。
本日の予定は、お嫁さんのご両親とのご挨拶を兼ねた会食。その後お嫁さんのお祖母様(父方)にご挨拶してから、歴史的名所を観光した後、ご自宅に行くと云った流れのようだ。

幾分緊張気味に、ご両親との初対面を迎えた。
とても紳士的で優しそうなお二方であった。お二方とも高校の元教師で、お父上は歴史、お母上は英語と歴史を教えていたとのこと。教養と良識、倫理観を備えておられるであろうことは直ぐに見て取れた。
昼食はお父上が予約していたレストランに案内された。
中国茶を飲みながら点心料理をいただく飲茶(やむちゃ)をご馳走になった。
写真に収めたかったが、還暦過ぎのオヤジが料理の写真をパチリパチリなんてのは、ミーハー(死語)であり、初対面のご両親に大変失礼であろうと、思い止めた。

飲茶の料理は実に美味しかった。その美味しさに、緊張もすっかりと解れ、消え失せたようだった。
今後初対面などで緊張するときなどは、食事に誘うべし。それも美味しいところに限る。今後の教訓にしたい。
すっかりとご馳走になり、緊張も解れ打ち解けたところで、お嫁さんのお祖母様(父方)のご自宅へと向かった。 敷地内にはお祖母様所有のマンションらしき鉄筋コンクリートの建物が数棟。その中心には歴史的建造物が建っており、そこに通された。
しっかりとした造り、とても頑丈そうな文化財を彷彿とさせる古民家であった。以前はそこに住んでおられたそうだが、今では人寄せの時にのみ使用しているとのことだった。

歴史を感じる壁面を眺めていると、奥の方からお祖母様が現れた。御年95歳。矍鑠としておられる。微笑みを絶やさず、聡明で利発そうな、実に品の良いお祖母様であった。
お会いするなり赤い袋を手渡されたが、お年玉袋だった。決してお年玉を頂戴したから云う訳ではない。
その後、隣のマンションに住む私と同い年の叔父さん宅に招かれ、ひと通り見学させていただいたが、かなりの資産家のようだった。
お祖母様へのご挨拶も無事に終わり、観光名所を案内してくるとのこと。

お父上の運転する車に便乗し、暫く走ると目的地に着いた。 広い駐車場から前方に目をやると、歴史的建造物が存在感を示していた。「お寺か」と息子に尋ねると、違うとのこと。霊廟のようでもあった。
案内されるまま中に入ると、歴史を感じさせる重厚感と、厳粛な空気が漂う空間がそこに広がっていた。
表門の梁には「祠宗氏鄧」現在読みでは「鄧氏宗祠」とある。
鄧(たん)一族の祖先を奉っているとのこと。 中国の伝統的芸術、伝統工芸が織りなす色調豊かな彫刻が所狭しと散りばめられている。
この広場では、鄧一族が今でも、集会や祭事など、事あるごとに使用しているとのことだ。
後で聞かされたのだが、実は前出のお祖母様の生家とのこと。18歳で嫁ぐまで、此処で暮らしていたとのことであった。

フォト短歌「光線」

鄧氏の家系譜によると、西暦1550年に建立されたと、記録が残っているそうだが、現在は文化財として観光名所になっており、ひっきりなしに観光客が訪れていた。
と云うことは、息子のお嫁さんはその鄧一族の末裔と云うことになる。

鄧氏宗祠を後にして、今度はお嫁さん家族が住む居宅へと向かった。
静かな住宅街にあり、とても落ち着きのあるご自宅だった。お手伝いさんが迎えてくれ、中に入るとお嫁さんのお兄さんが待機しており、歓待してくれた。
彼はイギリスに10年程滞在経験があり、流暢な英語を話していた。勿論私は分からないので、息子とお嫁さんが通訳してくれた。現在は香港に戻り、薬剤師をしているナイスガイだ。
実に素敵なご家族である。

暫く歓談した後、自宅を後にして会員制の娯楽施設兼レストランに移動し、夕食をご馳走になった。
ここでも流石に写真を撮りそこねてしまったが、広東料理を十二分に堪能させていただいた。
どれもこれも珍しく、とても美味しい料理に、普段から出ているお腹を更に膨らませながらホテルへとも戻ったのだったが、暫くの間、料理の残像が瞼の奥や脳裏にチラと過るのであった。


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